第4章 桜の頃までそこにいて
清瀬さんと職人のおじさんは、お互い驚いたように目を丸くした。
「毎年正月はテレビで箱根を見るのが我が家のお約束でね。寛政大が初出場した時のこと、覚えてるよ!」
「そうでしたか」
「あの年はドラマがあったよなぁ。寛政大が初出場ながら健闘してるのを応援してたんだ。5区の不調だった子…うちのカミさんあれ見て泣いちゃって。蔵原選手も凄かったし、君が走る姿もよく覚えてる。ゴールが見えた瞬間の笑顔がまた良くってさ。シード権獲得した瞬間なんて、家族で拍手喝采!」
興奮した様子で語るおじさんの話を、清瀬さんもまた微笑んで聞いていた。
「まさか、今になって俺たちを応援してくださった方に出会えるなんて思いませんでした。本当に嬉しいです。ありがとうございました」
「いやいや、俺らはただの駅伝ファンってだけ!そういえば、さっき陸上辞めたって言ってたけど」
「はい。膝を壊してしまって」
「そうだったのか…。大変だったね。悪いこと聞いちゃったかな」
「いえ。今はコーチをしていて、やり甲斐は十分なので。蔵原はうちのチームの選手なんですよ」
「君、蔵原選手のコーチなのか!こりゃ頼もしい!」
「ちなみに彼女は蔵原のリハビリを担当してくれてるんです」
「へぇ!カップル揃って選手のサポートなんて、なかなかできることじゃないよ!頑張ってね、応援してるから!」
「ありがとうございます」
凄い……。
寛政大の初めての箱根駅伝を───清瀬さんのことを、覚えていたんだ。
もう何年も経つというのに。
きっとそれだけ心を打つ姿だったのだと思う。
ああ…本当に悔しい…。
その時の清瀬さんを、私は知らない。
私にまで激励の言葉をくれたおじさんに、グラス制作の件も含めて改めてお礼を告げる。
ここに立ち寄ってよかった。
素敵なお土産ができた。
そして、素敵な出会いがあった。
出来上がったグラスは、海外の海を思わせるエメラルドグリーンと、水泡に紛れて今にも熱帯魚が現れそうなターコイズブルー。
このまま持ち帰りたいのは山々なのだけれど、冷ます工程が必要なのだそう。