第4章 桜の頃までそこにいて
作業場に案内され、いよいよ制作開始。
職人さんに付いてもらい色付けの作業を進めていく。
熱々の真っ赤な塊から徐々に変化する、世界でたったひとつのグラス。
その制作過程を間近で見て体験できるのは思っていた以上に楽しい。
ただ、想像以上に暑い。
それもそのはず、溶解炉の中はガラスを溶かすため1300℃を保っているらしい。
この一帯サウナ状態だ。
「じゃあ、ガラスに息を吹き込んでもらうからね。二人とも肺活量に自信は?」
頭にタオルを巻いた、この道のプロという雰囲気の年配の職人さんが尋ねる。
「程々には」
「私は全く…」
そりゃ、清瀬さんは長距離選手だったんだもん。
その辺の成人男性よりは肺活量に自信はあるだろう。
逆に私は、社会人になってからは特に運動なんてしていないからお察しだ。
「ははっ、大丈夫だよ。子どもでも出来る作業だからね。じゃあ、お兄さんから」
ガラスの塊には空洞のある長い棒が突き刺さっていて、そこから息を吹き込むことができる。
「すごいねぇ!ひと息でこんなに膨らむ人、なかなかいないよ!お兄さん何かスポーツやってた?」
「大学まで長距離を走ってました」
「そりゃあ肺活量あるわけだ!程々には、なんて謙遜しちゃって!」
「いえいえ、もう辞めて何年も経ってますから」
和気あいあいとお喋りしながら、清瀬さんのグラスの輪郭が出来上がった。
そしていよいよ私の番。
せーの…
めいっぱい息を吹き込むものの、思ったより膨らまない。
「嘘…。息吐ききったんだけど」
「大丈夫。何度かに分ければ十分膨らむからね」
「頑張れ、風見さん。思いっきり吸って、全部吐くんだ」
「そうしたんですよ、一応…」
「君ならできる。やれば出来る子だって、俺は知ってるぞ!」
「集中したいんで静かにしてもらえます?」
二人の声援を受けながら、何度も吹く。
そしてその合間には、丸い形をキープさせるために棒をクルクルと回す。
はっきり言って体力のいる作業だ。
改めて職人さんを尊敬する。
「はぁ…清瀬さん全然息上がってないですね…流石です…!」
「いや、しんどいよ。暑さがかなり堪えるな。その点プロはやっぱり凄い」
「え? "清瀬さん" って…。お兄さん、もしかして何年か前に箱根駅伝出てた?」
「…はい」
「君、清瀬選手!?寛政大の!」