第4章 桜の頃までそこにいて
この地域で有名なとんかつ屋さんで空腹を満たしたあと、もう少し街の方まで出てみようと車で山道を下る。
地元へ帰るか迷ったものの、せっかく一時間かけてやってきた土地ならばここでの時間を楽しもうと意見が揃った。
「清瀬さん、ガラス工房だって!綺麗…」
信号待ちで停車した場所から、色とりどりに光るグラスが陳列されているのが見えた。
日の光を通してキラキラ輝くそれに目を奪われる。
「グラスの制作体験か。面白そうだな。行ってみる?」
「はい!グラス作りなんて初めて!」
一旦信号を通過し、迂回して工房の駐車場に入った。
店内には沢山のグラスが並べられていて、外から見た以上に煌めいた世界が広がっている。
私たちは、ステンドグラスに四方を囲まれたかのような彩りに包まれた。
工房のスタッフさんに案内され、まずは見本の中からグラスの形、色、模様を決める。
「俺は緑にするよ。形はこれで、模様はこの波っぽいのがいいな」
「え?決めるの早い!」
「ゆっくり考えればいいよ」
「どうしよう。どれも綺麗だから迷っちゃう。あ、この泡が混ざったグラス可愛いなぁ。でも難しそう…」
「職人がお手伝いしますので、大丈夫ですよ 」
店員の女性に相談しながら、数分後、私の作りたいグラスが決まった。
寒色系の楕円模様のグラスで、ベースはターコイズブルー。
魚が飛び込んだ水槽のようにあぶくが散らばっている。
「お二人とも水がモチーフなのがペア感あっていいですね!きっと素敵なグラスになりますよ!」
……ペア?
明るいお姉さんの声に少々戸惑う。
そんなつもりはなかったのだけど、そう言われてみれば確かにペアグラスっぽくなりそうだ。
「ペアグラスか!楽しみだなぁ」
「そうですねっ!ワクワクしますっ!」
清瀬さんがワクワクなのは戸惑っている私の姿を見ることだと思う。
もうわかってきた。無闇に反論するまい。
それどころか乗ってやるもんね。
私が諦めの境地に達したことを察したのか、清瀬さんは肩を震わせて笑っている。