第4章 桜の頃までそこにいて
スターターピストルの音が一帯を包んだ。
一斉に動き出した集団は、徐々に縦に伸びてくる。
寛政大18番の選手は、先頭集団から引き離されることなくスピードを維持している。
三週目に差し掛かる頃には、他ランナーと比較しても遜色ないほどの走力を持つ選手だと確信した。
私は指導者ではないし、陸上選手としての走りの良し悪しは詳しくわからないけれど、スタートから眺めていて何となく目に留まる選手がもう一人いた。
「もしかして清瀬さんが言ってた選手って、12番?」
「うん、正解。中盤からのスピードの付け方がいい。下半身のブレも少ないしな。ユキがああいう走りをするタイプだったんだ。当時はトレーニングを積み重ねる程、山に向いているランナーだと思ったもんだよ」
「その辺りを見極めるのって難しそう」
「他の大学の区間エントリーもギリギリまでわからないし、賭けに出る場合もあるだろうな。ただ今年の寛政大は全体的にいい選手が揃ってる。加えてあの二人が底上げしてくれれば、二年ぶりの箱根出場が叶うかもしれない」
「行けるといいですね。あの子たちが箱根を走ってる姿、見てみたいな」
「ああ、本当に」
彼らを見つめながら、清瀬さんは何を思うのだろう。
眩しそうに、愛おしそうに、まるで自分が辿ってきた過去を重ねているみたいに、黒いユニフォームの選手たちをゴールまで見守っていた。
走る姿を見てみたかったと、今となっては不可能な願望が顔を出す。
あの選手たちと同じユニフォームに身を包んで走っていた学生時代の清瀬さんを、私自身の目で見てみたかった。
選手として走ることができたのは、箱根駅伝が最後だったと聞いた。
その年の動画、もしかしたらネットに上がっていないだろうか。
帰ったら検索してみよう。
「ちょうど昼飯の時間だな。何か食べに行く?」
「はい」
長距離種目が終わったところで、清瀬さんがトラックを背にした。
ここからは、お互いに "デート" だと認識した時間になる。
こんな風に清瀬さんと過ごすのは初めて。
まずは清瀬さんが調べてくれたお店の中からひとつ選び、昼食を食べに向かった。