第4章 桜の頃までそこにいて
「あ、そうだ。言っておきたいことがあった」
エンジンを掛けた途端、思い出したかのように清瀬さんが呟いた。
意味深に笑ったあとは、私の目を見てこう言う。
「今日の風見さん、綺麗でビックリした」
「……ぇ」
「よーし!出発進行ー!」
……狡い!!
さっきは私が拗ねるのをわかってて、わざととぼけたワケ!?
完全に清瀬さんの方が上手だ。
そしてまんまと喜んでしまう自分は、あまりにも単純。
でも…こんな風に清瀬さんの手の中で転がされていることに心地よさも覚える。
ふと岩倉先輩の言葉が頭を過ぎった。
清瀬さんみたいなタイプは、ハマる女にはすごくハマるって。
中毒性がある、みたいなことも言ってたっけ。
もしかして私、ハマりかけてる?
このままでは清瀬中毒に陥ってしまうのも、時間の問題……。
道中、他愛もないお喋りを楽しみながら、一時間程で現地に到着した。
ユニフォームを着たランナーたちが、既にコースを走っている姿が見える。
どうやら今は800mの選手たちが競り合っているらしい。
中距離種目が終わった後、5000m、10000mと、長距離にエントリーした選手たちが続く。
ウォーミングアップしている黒いユニフォームの集団を、清瀬さんが見つけた。
寛政大学の長距離陸上部だ。
「知り合いとかいるんですか?」
「いや。関わったことがあるのは、カケルが在学中の頃の選手たちまでだ」
寛政大はここ二年、箱根駅伝には出場していない。
予選会の地は踏めても、その中で上位に食い込むのは容易くはないということ。
聞くところによれば、蔵原くんが四年生の時のチームが寛政大史上一番強かったそうだ。
箱根の各区に適した人材がパズルのようにピタリと在籍する年もあれば、適性を予測してひたすら育成していく年もある。
大学駅伝には、一年毎に選手層が変化する学生チームならではの難しさがある。
コースの中では選手たちが続々と入れ替わっていく。
5000mに出場する選手がスタート地点に並んだ。
「良さそうな選手が二人いるな。楽しみだ」
「18番ですか?蔵原くんと走り方似てますよね。スプリント能力が高そうで。でももう一人は誰だろう?」
「走りを見ていたらきっとわかる」