第4章 桜の頃までそこにいて
「明日、朝早いんですよね?送っていただかなくて大丈夫なので、このまま帰ってください」
私の言葉を聞いた清瀬さんが、足を止めた。
「断る」
「え?だって早く休まなきゃ」
「夜道は危ないだろう」
清瀬さんはそう言って、夜遅くなるといつも家の前まで送ってくれる。
自分が利用する駅はまだ先なのに、わざわざ電車を降りてまでそうしてくれる。
この件に関しては譲ってくれないから、申し訳なく思いながらも普段は清瀬さんに甘えてしまっている状況だ。
ただ、清瀬さんの睡眠時間が削られるとなれば今夜はそうはいかない。
「私のアパート、駅から近いし。大丈夫ですよ」
「駅の近くだからこそ、特に俺の負担にはならないと思うが」
ああ言えばこう言う…。
「だけど…」
「君との時間が終わるのが惜しいから。って言えば、納得してくれる?」
「……」
それは今夜に限ったことなのか。
それとも、目前に迫った約束の友達期間のことなのか。
私からは聞けるはずもない。
空気が少しぎこちなくなってしまう。
恐る恐る清瀬さんの顔を覗うものの、こちらに視線が向けられる気配はない。
何だか今日は一段と素敵に見える。どうしてだろう…相変わらずのジャージ姿なのに。
清瀬さんって、こんなにかっこ良かったっけ?
今までの私の目は節穴だった?
ううん、イケメンという認識はしていたはず。
顔もいいし人当たりもいいし、モテるんだろうな、なんて想像もしていた。
そうだ。そんな風に頭で情報処理していただけで、心は動いていなかったから。
だから今になって清瀬さんのこと、こんな目で見てるんだ、私。
「そんなに見つめられると照れるんだが」
「!」
バレてた。
「どうかした?」
「いえ」
有耶無耶になった流れで、いつもどおり清瀬さんと家に向かう形になってしまった。
「そうだ。風見さん、明後日何か用事ある?」
「いえ、特には」
「東体大で記録会があるんだ」
「記録会って、大学生の?」
「ああ。母校の選手たちを見てみたくて。良かったら一緒にどう?」