第4章 桜の頃までそこにいて
───そうだった。
多少面白がっている節があるのは否めないけれど、先輩は人の気持ちをないがしろにする人ではない。
清瀬さんの想いも私の不明瞭な心情も、どちらもわかってくれている。
「優しいですよね、先輩って」
「今頃気づくな。昔から優しかっただろうが」
「まあそうなんですけど。先輩ってたまに誤解されるみたいだから、損だなーって思って。いつもニコニコしてたらいいのに」
「誤解?誰に?」
「当時の友達。俺に近づくな、みたいな顔してるって。粗相したら舌打ちして睨まれそうって。きっと頭悪い人間は視界にすら入れてもらえないって。あ、もちろんちゃんと訂正しておきましたよ?」
「いいお友達じゃねーか…。この顔が好きだって人間もいるんだからな」
「え!?誰誰!?」
「うちの奥さんに決まってんだろ!」
「ふふっ、わかってますって。先輩幸せそう」
「おかげさまで」
「ところでぇ、どうやって奥さんにプロポーズしたんですかぁ?」
「言うかよそんなこと!」
右手で拳を作り、マイクに見立てて先輩の顔の前に差し出す。
「いいじゃないか。減るもんじゃないだろう?」
タイミング良く室内に入ってきた清瀬さんも、私と同じ仕草で先輩に詰め寄る。
「減るわ。清らかな思い出が」
「ケチだな」
「ケチとか言うな。小学生か」
先輩と過ごす懐かしさと、清瀬さんと過ごす心地良さと。
その狭間で、この時間が終わるのが何だか名残惜しく感じた。
数時間後、アルコールでいい気分になってきた頃にこの席は解散となる。
「悪い、俺先に行くわ」
爪先を駅の方角に向けた先輩は軽く手を上げた。
「何だ?急いでるのか?」
「舞も今、飲み会終わったらしいんだ。二駅先で待ってるって言うから」
「それはそれは。仲が良くて何よりだ」
「さつきのこと、ちゃんと送ってやれよ」
「もちろん」
改めて先輩に挨拶をして、足早に去っていく背中を見送った後、私たちはゆっくりと歩き始めた。