第4章 桜の頃までそこにいて
膝を擦りむくくらいの転び方なら、ここまで人様の記憶に残ることもなかったかもしれない。
ところが私ときたら、何故か顔から地面にダイブして頬半分擦りむいてしまったのだ。
それから一週間くらいは、先生だったり初対面の生徒だったり、学年問わず色々な人たちから慰めの言葉をいただいた思い出…。
「顔の皮捲れてたし、さすがにヤベェと思って駆け寄ったんだけどさ。ビリでもバトン渡すって、起き上がって走ってっちゃって。何かすげぇ子だなって、感心した」
「え?感心してたんですか?」
「面白がってるように見えたか?クラスの奴らも、よく頑張ったよなーって話してたよ」
「そうだったんだ…」
笑い者にされているとばかり思ってた。
いや、確かにそういう人たちも中にはいたけれど。
先輩やその周りの人たちがそんな風に思っていてくれたとわかっただけで、あの頃の私も報われる。
「自分のすべきことに真っ直ぐなのは、昔から変わらないんだな」
私たちのやり取りを聞いていた清瀬さんが、目を細めて呟いた。
「やっぱりいいな。風見さん」
ビールジョッキを持ち上げた先輩の手が止まる。
「……は?」
「やっぱりいいな。風見さん」
「や、聞こえなかったわけじゃねぇから。あのさ、お前ら付き合ってんの?」
「いや。友人関係だ」
その返事だけでは納得しないのか、先輩は私の目の奥を探る。
清瀬さんの言葉に偽りはないし、ただ同調してひとつ首を振る。
「ふーん」
視線を私たちに行き来させたあと、先輩は再びビールを口にした。
「ユキたちこそ親しそうだが。もしかして、昔付き合ってたとか?」
「はっ、むしろ逆。こいつさぁ、何でか俺の周りにいる男ばっか好きになるんだよ。部活の後輩とか、同じクラスの奴とか。それで色々ダシに使われてたっていうか…」
「弁護士さんっ!個人情報って言葉、知ってますか!」
「時効って言葉、知ってるか?二度あることは三度あるって言うしな。俺の周りにいる男って、あと他に誰かいたっけー?」
何だそれは。暗に清瀬さんだって言いたいの…?
「あっ、上司から着信!すみません、少し席外します!」
タイミング良く私のスマホに職場からの連絡が入った。
そそくさと逃げるようにこの場を離れる。
何だか恥ずかしくて、清瀬さんの顔を見られなかった。