第4章 桜の頃までそこにいて
清瀬さんが仕事の都合で遅れてくることは初めてではない。
でも、こんなに時間を持て余した記憶はない。
今までで一番緊張している気がする。
そわそわと落ち着かなくて、気を紛らわせるように行き交う人々に目を向けてみると、隣のパン屋さんから一人の男性が現れた。
メガネをかけたスーツ姿のその人は、どこか見覚えがある。
こちらに歩いてくるほどに目鼻立ちや表情まではっきりと見えてきて、突如この男性が誰なのか思い当たった。
「あっ…!岩倉先輩!」
「……さつき?」
足を止めて私を凝視している男性は、高校時代に一学年上だった先輩。
「久しぶりだなぁ!俺が高校卒業して以来か!」
あの頃よりも大人びた風貌なのに笑顔の面影はそのままで、一気に懐かしさを呼び起こす。
「お久しぶりです!良かった、覚えててくれて」
一見取っ付きにくそうなツンとした雰囲気だけど、面倒見が良くて優しくて、意外とノリもいい。
話すようになったのは、一緒に体育祭の実行委員をしたことがきっかけだった。
たまたま最寄り駅が隣だということがわかって、そこから親しくなったんだっけ。
「仕事、この辺?」
「はい。先輩も?」
「いや、職場は別の路線使うんだけど、ここのパン屋に寄りたくて」
先輩が出てきたお店は、数年前から雑誌などでも取り上げられるようになった有名店。
今でこそ程々の混雑で済んでいるものの、一時は店内がすし詰め状態だった。
「このお店、クロワッサン美味しいんですよね。先輩も好きなんですか?」
「俺よりも…」
「風見さん!」
その声にハッとする。
近づいてくる笑顔を見た途端、胸が跳ねるのを自覚した。
「お待たせ。遅れてすまない」
「いいえ。お疲れ様です」
清瀬さんがチラリと先輩を見遣るのに気づいて、事情を説明しようと口を開きかける。
そんな私より先に、清瀬さんは思いも寄らない言葉を発した。
「あれ?ユキじゃないか」
岩倉先輩を前に、目を丸くする清瀬さん。
「え、ハイジ!?」
先輩も同じく、驚愕の声を上げる。