• テキストサイズ

雨のち花笑み【風強・ハイジ】

第3章 曙の空、春の海



「後から思うと、都合がよかったんですよ。彼の部屋は、浮気する場所としてはうってつけだったんでしょうから」

二人で準備を進める傍らで、彼はあの女性と逢瀬を重ねていた。
どれだけ浮かれていたのかと、何も気づかなかった自分に失望した。
そして、彼を恨んだ。

「私を裏切ったのは当然として、彼、あの女の人のことも騙してるんです」

「知らないんだな。風見さんのこと」

「はい。結婚することはもちろん、恋人がいることも隠してたそうです。もしあの女性の妊娠がなかったら、そのまま結婚して、関係を続けるつもりだったのかな…考えたくもないですけど」


別れ話をした時、「彼女は何も知らないから何もしないでくれ」と、頭を下げられた。
彼女を脅迫するとでも思ったのか、私にそう念を押したのだ。
そんなことをするつもりは毛頭なかったのに、ショックだった。

「彼女も、別の意味で被害者なんです。でもやっぱり私は、あの人がいなければこんなことにはならなかったって、彼女を恨む気持ちも捨てきれない…」

「……」

「自分の幸せの裏で傷ついた女がいることなんて、まるで知らないんです。それが悔しくて。どうして私だけがこんな目に…って」

歪んでしまったのかもしれない。
人としてのまともな心が、消えてしまったのかも。


「さっき初めて二人でいるところを見て、こう思ったんです」


膝の上に置いた拳をギュッと握った。


「私が全てを暴露したらこの人たちはどうなるだろう。
この二人の幸せを、私の手で壊してしまおうか、って」


清瀬さんは何も言ってくれない。


やっぱりだ……軽蔑された……。



「酷いでしょ…?こんなこと考えて。清瀬さん、私はあなたに想ってもらえるような女じゃない…」

私は清瀬さんには相応しくない。
だってあんなことを一瞬でも考えてしまうなんて。
あの女性のお腹には、赤ちゃんだっている。
小さな命には何の罪もない。
それなのに、その命さえも私は否定した。






隣から、大きく息を吸う気配がした。
清瀬さんが、何か口にしようとしている。


「困ったな…」


ズキンと胸に何かが刺さる。
覚悟はしていても、いざ言葉にされると思うと心が怯む。


/ 139ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp