第3章 曙の空、春の海
「もう少し、一緒にいてほしい…です」
「奇遇だな。俺も、もう少し一緒にいたいと思っていたところなんだ」
私を安心させるような温かくて穏やかなその表情は、またもや涙腺を解きそうになる。
決して泣くまいと、グッと堪えた。
「そうと決まれば、場所を移そうか。バーだと客層によっては騒がしいだろうな。静かで、ゆっくり話ができて、人の目を気にせず二人きりで休めるようなところは…」
嘘でしょ……。 嘘だよね?
今清瀬さんに尊敬の念を抱いたところなのに。
やっぱりその辺の男と同じく、隙あらば女の弱みに漬け込むような人だったということ?
信用できる人だと思ったのに…!
もしかしてラブホテルに……
「ああ。あそこがいいんじゃないか?」
清瀬さんが何かを見つけて指を差す。
その先にある建物は、24時間営業のネットカフェ。
……ごめんなさい!清瀬さん!!
心の中でめいっぱい土下座をする。
私ときたら、何て短絡的な思考なんだろう。
疑って申し訳なくなる一方で、心からホッとした。
よかった…やっぱり清瀬さんは、簡単に女をラブホに誘うような人じゃなかった。
「はい。温かいものでも飲んで落ち着こう」
フリードリンクからココアを淹れてきてくれた清瀬さんは、私の隣に座った。
防音設備のある個室のソファー席は、周りの音もしっかり遮断されている。
ヘッドホンなしでも動画が見られ、普通の音量で会話をしていたとしても他の利用客の迷惑にはならない。
清瀬さんは室内に入ってすぐジャケットを脱いでネクタイを外し、早々にくつろぎ始めた。
「こういうところ、よく来るんですか?」
「いや、実は二回目なんだ」
「そうなんですか。一度目は誰と、あ…」
「いやいや。彼女ではないよ。前に話しただろう?学生の時共同生活をしていたと。そこに漫画好きな後輩がいてね。これも社会勉強だと思って、一緒に行ったことがある」
「ふふっ、ネカフェで社会勉強?清瀬さんも漫画読むんですか?」
「普段は読まないな。でも、自分に馴染みのない世界を知るのは面白いから。風見さんのゲームセンターの時もそうだったけど」
清瀬さんらしい考えだ。
私なら、興味を持てそうにないものはそこで切り捨ててしまう。
きっと知的好奇心が旺盛な人なんだと思う。