第3章 曙の空、春の海
数日後の夜、私たちは電車を乗り継ぎ、普段馴染みのない土地までやってきた。
ネットで見つけた海沿いにあるお店で、海産物が美味しいらしい。
清瀬さんと過ごす夜は翌日が仕事のことも多く、職場近くの居酒屋を選ぶ場合がほとんど。
ところがたまたま今日は金曜日。
明日はお互いに休みだし、それなら少し遠方まで足を伸ばすのもありだと意見が揃った。
職場周辺の飲食店にもお気に入りの店はあるけれど、こうして見知らぬ場所を訪れてみるのもいい。
さすがの清瀬さんも今日はジャージは自重したらしく、仕事で着用しているスーツスタイルだ。
口コミのとおり、料理はどれもこれも美味しかった。
お刺身やブリのしゃぶしゃぶ、あんこうの唐揚げ、この辺りで有名だという日本酒も。
少し雰囲気を変えた食事の時間は、とても満足のいくものだった。
テーブルで会計を済ませ、席を立つ。
清瀬さんに言われたとおり、ここでは割り勘で。
「少し歩いた先にバーがありましたよね?時間大丈夫なら、飲みに行きませんか?」
「いいよ。行こうか」
「そこでのお代は私が出しますね。今度こそ、お弁当のお礼」
「じゃあ、お言葉に甘えるよ」
そんなやり取りをしながら店の出入口に向かって歩いていくと、前方から一組の男女が近づいてくるのが見えた。
女性の方は妊婦さんで、ふっくらとしたお腹に手を添えている。
何気なく男性の方にも目を遣った途端、心臓が大きく跳ね上がった。
私の姿に気づいたその人物も、固く表情を強張らせる。
「……」
「どうした?」
歩みを止めてしまった私を、清瀬さんが不思議そうに振り返る。
「……いえ」
行きたくない。
そこには、行きたくない。
靴を脱いで入店するタイプの店だったため、帰る際には履物を履かなくてはならない。
出入口付近に私たち四人、時間が滞る。
「美味しかったね」
「え…、ああ…」
「食べ過ぎちゃったかな。でもたまにはいいよね。赤ちゃんと二人分だもん」
「そうだな。ちょっと急ごう。電車来ちゃうし」
「えー?お腹大きいんだからゆっくり歩かせてよ。間に合わなかったら次の電車でいいじゃない」
何で…何で…
顔も見たくない。
この先の私の人生の中で、二度と会いたくなかった人。
私を幸せの絶頂から突き落とした、元婚約者がそこにいた。