第3章 曙の空、春の海
押し付けられた、なんて少しも思っていない。
反論しようとしたけれど、きっと清瀬さんは一度言ったからには引かないだろう。
「じゃあ…普通にごはん、行きましょう」
「ああ、そうしようか」
「清瀬さんのお弁当、全部美味しかったです。ありがとうございました」
ペコリと頭を下げても反応がないから、どうしたのかと首を持ち上げる。
「風見さんは…」
「?」
私から視線を外し、口元に手を当てている清瀬さん。
「また笑うつもりですか…?」
「……笑う?どうして?」
「その仕草、笑いを堪えてるのかと思って」
「笑えることでも言ったのか?」
「全く。真面目にお礼を言いました」
「だよな。うん…それが嬉しかったんだよ。いい子だなぁと思って」
言葉だけを切り取ってみると、さっきとは逆で親が子どもを褒める時に使う文句にも思える。
でも清瀬さんの声色からそうではないとわかった。
きっと私が伝えた感謝に対して、好感を抱いてくれたから出てきた言葉だ。
「実は弁当の件については、しつこくして嫌われやしないかと内心ヒヤヒヤしていたんだ」
「へぇ。清瀬さんでもそんな心配するんですね」
「上司から失礼なことを言われても空気が悪くならないように我慢したり、風見さんは人が良すぎるところがあるだろう?」
清瀬さんは私のツッコミをスルーして続ける。
「そういう性格が気掛かりな反面、付け入ってしまおうか…とも思ったり思わなかったり」
「本人を前にして怖いこと言わないでくれます…?私だって言う時は言いますから。何でも許すわけじゃありませんからね!」
「ははっ、覚えておく」
そろそろ清瀬灰二という人のことが私にもわかってきた。
付け入る、なんて言ってはみても、私が本当に迷惑だと思うことはしない。
その辺りの線引きが絶妙とも言える。
清瀬さんと過ごす時間が増すたび、彼との間の垣根が低くなってきている気がする。
自覚できるくらい清瀬さんの存在は日に日に膨らんで、そんな自分自身の変化に正直戸惑い気味だ。
この感情は、恋に変わるのだろうか―――。