第3章 曙の空、春の海
「清瀬さん…」
「せっかく約束したのになかなか来られなくて、悪かったね」
「いえ。お客さんは?大丈夫なんですか?」
「ああ。すぐに帰ったから」
心なしか息が乱れているように見える。
清瀬さんはふうっと大きく息を吐いて、暑そうにスーツを脱いだ。
「もしかして、急いで来てくれました?」
「風見さんが帰ってしまう前にと思って」
「連絡くれればいいのに」
「そうだな。これからはそうするよ」
「清瀬さんて、走っても大丈夫なんですか?」
「ダッシュはできないが、右脚をカバーしながらゆっくり走る分には問題ないよ」
「そうなんですね…」
ふと清瀬さんの目線は私のお弁当箱に向けられる。
「もう食べ終わったんだな」
「あ、前よりちゃんとしたもの食べてるんですよ?今日は、おにぎりと唐揚げと、野菜いっぱい入れたお味噌汁。私もスープジャー買っちゃいました!清瀬さんとお揃いの。ピンクでカワイイでしょ?」
保温性に優れているのは実証済みだから、清瀬さんが持っているものの色違いを買ってみた。
「ふっ…」
清瀬さんが肩を揺らして笑う。
「え、なに?」
「親に褒めてもらいたがる子どもみたいだなぁ、って」
「子ども…?酷い!」
「よしよし偉いぞ!ちゃんと栄養バランスの取れた食事を意識していて」
「喜んでいいのかな…」
「今時はスープジャーにもカワイイって言葉を使うのか?」
「カワイイじゃないですか、色が」
「そうだな。"俺とお揃い" だもんな。カワイイカワイイ」
「…っ!」
思わず "お揃い" なんて言葉を使ってしまったけど、敢えてそこを強調しなくても。
でもこんな風にふざけ合う時間も、私は結構気に入っている。
一人きりの食事が前よりも味気なく思えるのは、清瀬さんとごはんを食べるようになったからかもしれない。
「清瀬さん。お弁当のお礼がしたいので、近いうちにお食事でもどうですか?」
作って貰いっぱなしなんて申し訳ない。
けれど、代わりに清瀬さんと同等のお弁当を作れるかと言ったらまるで自信がない。
だから食事をご馳走させてもらおうと決めていた。
「もちろん嬉しいけど、割り勘の方がいいかな」
「え、でもそれじゃあお礼にならないし…」
「弁当は俺が一方的に押し付けたようなものだから。風見さんが気を遣う必要はないよ」