第3章 曙の空、春の海
こんなことで意識しているのは、きっと私だけだ。
意外と大きな清瀬さんの温かい手のひらと、しなやかな指先、キラキラしたこげ茶色の瞳。
さっきのシーンが植え付けられたかのように頭から離れなくて、熱が引かない。
清瀬灰二……これが計算ではないというのなら、かなりの曲者なのでは……?
その日の夜、改めて今日のことを気遣うLINEが届いた。
特にトラブルもなかったので、心配には及ばない旨を返信する。
どうやら清瀬さんは、用件がある時以外あまり連絡をとらない人らしい。
清瀬さんとのメッセージは、初めてやり取りをした日から今日の分を含めても、ごく僅か。
敢えて私に対してだけそうしているのか、清瀬さんの性格的なものなのか。
聞いていないからわからないけれど、恐らく後者のような気がする。スマホを肌身離さず持っているタイプには見えないし。
逆に清瀬さんの方から "今何してる?" なんて何の変哲もないメッセージが届いたとしたら、それはそれで驚いてしまいそうだ。
それから、二日が経過した。
「何でよ…」
のどかな春の陽気の中、散歩と昼食がてら例の図書館を訪れた。
それなのにたった一人でお弁当を食べている私。
こちらから勇気を出して清瀬さんを誘ったのに、約束した次の日から彼はここに来ていない。
もちろん、断りの連絡はきた。
一昨日は脚の調子が思わしくない選手を病院に送迎すると言っていたし、昨日はミーティングが長引いているとの理由だった。
そして今日は、急な来客があったのだとか。
だから清瀬さんは何も悪くないのだけれど、無性に胸の内がモヤモヤする。
「押してダメなら引いてみろ」という恋愛の通説を思い出す。
清瀬さんがワザとそんな駆け引きをしているとは思わないけど、結果的に駆け引きのようになっているこの状況。
しかも私ときたら、そのお手本のようにまんまと気持ちを乱されている。
(そこそこまともなお弁当、食べるようになったのにな…)
昨日の夕食の残りの唐揚げを、パクリと口に入れる。
話す相手もいないから黙々とそれを食べ進め、あっという間に昼食は終わってしまう。
お茶を飲もうと水筒に手を伸ばしかけた時、目の前の椅子がカタン、と鳴った。
「お疲れ」
顔を上げたところには、今まさに思い描いていた人が立っていた。
やんわりと目を細めて私を見ている。