第3章 曙の空、春の海
「いくら料理が作れたとしても、一人で食べるのは味気ないだろ?一緒に食べたいと思える人が、風見さんなんだよ」
漠然とした理由ながらも、何となく腑に落ちた。
美味しいごはんを誰かと食べたいと思った時に頭に浮かぶのは、気心の知れた家族や友達、大切な人たちだ。
清瀬さんにとってそういう人がどれだけいるのかはわからないけれど、少なくとも私もその中の一人として思ってもらえている。
何だか急に気恥ずかしくなり、声に詰まった。
「答えになった?」
生徒の質問に解答する先生のような、優しい口ぶりと表情。
その瞳は私の反応をジッと待っている。
「……はい」
言葉少なく返すと、満足げに頷いて食事を再開する。
「大学の時は古いアパートに10人で寝食を共にしていてね。朝晩の食事作りは俺の担当だったんだ。だから…」
「え!?待っ、10人!?」
「ああ」
今サラッと凄いことを言ったんですけど…!
「何でまた清瀬さんが食事作りを…?」
「うん…まぁ、色んな目的のために、かな」
どんな目的よ。
聞くのが怖い…やめとこ。
だけど清瀬さんの主婦力が妙に高い理由がここで判明した。
料理の腕や栄養バランスの知識は、10人分の食事作りで培われたものなのかもしれない。
「そういう経緯もあって、人のために食事を作るのは苦じゃないんだ。だから風見さんの弁当作りをこのまま続けても、俺としては問題はないんだが…」
「いや、あの…」
「わかってる。君にとっては問題なんだよな?」
「…です」
仮に恋人同士だとしても、手間も食費も掛かるのにこんなこと毎日頼めるわけがない。
今の私たちの状況なら尚更だ。
その旨を丁寧に説明し、何とか納得はしてもらった。
ただ別の提案なら私にもできそうなので、恐る恐る尋ねる。
「あの、清瀬さんが良ければ、なんですけど…」
「何?」
「ここで一緒にお昼を食べるっていうのは、どうですか?」
少しずつだけど、この人と過ごす時間に心地よさを覚えるようになってきたのも本音。
そして、私ももう少し健康的な食事をしなければと反省していたところだ。
清瀬さんの目があれば、不摂生な食生活の改善にも繋がるかもしれない。