第1章 One Night…?
「風見さん、蔵原の脚、どうでしたか?」
「疲労が溜まっているだけだと思います。練習後は毎日マッサージを行っていくことにしましょう。あとオーバーワークは厳禁です」
「やっぱりそうですか。オーバーワーク厳禁か…キツく言って聞かせないと」
清瀬コーチは、渋い顔のまま腕組みをした。
蔵原選手が右膝の違和感を訴えたのは、3日前のこと。
聞くところによると、蔵原選手は陸上の経歴は長いものの、これまで目立った故障などに見舞われたことはなかったそうだ。
ここ毎日彼のトレーニングメニューの相談を受けつつ、練習後に施術を行っている。
うちのリハビリテーション施設とこの陸上チームとは一年前からの契約だ。
立地が隣同士ということで、選手にとってもこちらのスタッフにとっても調整がスムーズにいく。
数年前に新設された実業団チームのため、コーチ陣も少ないし選手を育成するための設備も充分とは言えない。
けれど、まだ小さなこのチームの飛躍を願いながら選手をサポートすることは、仕事をする上での私のやり甲斐でもあった。
「清瀬コーチの腕の見せ所ですね。蔵原くんの手綱を引くのは」
「まあ何とかしますよ。思うように走れない分、しばらくは不機嫌でしょうけど」
人の良さそうな笑みでそう言ったあと、清瀬コーチはトレーニングメニューを閉じる。
「今夜の懇親会、風見さんも出席されますか?」
「そのつもりです」
「それは楽しみです。店の場所が少しわかりづらいので、迷ったら連絡をください」
「はい」
今夜は、監督やコーチ、うちのスタッフとで懇親会が開かれる。(飲みたい人たちが一同に集う、ただの飲み会ともいう)
確か清瀬コーチは今回の懇親会の幹事だったはず。
コーチ陣の中では一番若手だし、マネージャー業務や雑務まであって色々と大変そうだ。
それなのにいつも朗らかでハツラツとしていて、バイタリティ溢れた人。
それが、清瀬コーチに対する私の印象。
彼の抱く情熱は陸上だけに留まらず、恋愛に対しても同じだった。
私がその事実を知るまで、あと僅か。