第3章 曙の空、春の海
館内は思いの外明るい空間だった。
日の光が入るという意味の "明るい" ではなく、オレンジ色の間接照明が均等に灯り、古いながらも趣があるという意味合いで。
部屋の隅々にまで照明が行き渡るような蛍光灯では、この雰囲気は損なわれてしまうだろう。
チューリップにも似たアンティークのランプを通して、ほんわりとした光が幾つも咲く。
忙しない日常から離れ、束の間の休息を得るにはうってつけの緩やかな空気が漂っていた。
「素敵ですね。実は外から見ただけだと少し不気味でした」
「最初は俺もそう思ったよ。だからこそ興味本位で入ってみたんだ」
「ふふっ、清瀬さんらしい」
「補修はしてあるが、できるだけ当時の雰囲気を残しているそうだ」
「何だか隠れ家みたいですね。ワクワクします」
お昼のひと時に読書をする利用客が、チラホラ目に入る。
邪魔にならないよう小声でやり取りをしながら、清瀬さんの後ろを付いていく。
「向こうに飲食できるスペースがあるんだ。そこで食事にしようか」
「はい」
区立図書館のような広さはないし、ざっと見る限り蔵書数も少ない。
ただ、時間を忘れて本の世界に没頭できる環境であることは間違いないだろう。
昼休憩の合間に訪れた今日に限っては、時間を気にしないわけにはいかないけれど。
高い吹き抜けの下を通過し、ドア一枚隔てた向こう側が飲食スペースらしい。
レトロな雰囲気に馴染むダークブラウンのテーブルと椅子が、五席並んでいる。
ひとつだけ違和感なのは、壁際に自動販売機が設置されていること。
館内に喫茶店はないため、これは仕方がなさそうだ。
テーブルの上に二人分のお弁当箱が並ぶ。
中にはハンバーグにポテトサラダ。
スープジャーに入った野菜たっぷりのミネストローネからは湯気が立ち上っている。
ちなみに昨日は豚汁、一昨日はポトフだった。
おかずとは別にスープ類も添えてくれる清瀬さんの女子力…いや、もはや主婦力には頭が下がる。
そもそも、自前のスープジャーを持っている成人男性なんて身近で初めて出会った。