第3章 曙の空、春の海
「取りあえず、今日のところは付き合ってくれないか?弁当二人分はさすがに食べられないから」
言葉が途切れたままの私を見て、清瀬さんはお弁当箱を目の前に掲げてみせる。
清瀬さんのおかげで普通の感覚を取り戻せつつあるのは確かだ。
彼の作ったお料理を見て、美味しそうだと心が湧き立つ。
食べてみて美味しいと思える。
そして、幸福感を得ることができる。
もう、開き直ってありがたくいただくことにしよう。
「……わかりました。せっかくのお弁当が無駄になったら申し訳ないですし。でもこの場所は困りますよ?噂の的にされたくはないので。どこか二人になれる場所は…」
「二人きりって。なかなか積極的だなぁ」
「そーですね」
「あれ?反論しないんだな」
「清瀬さんの言葉を全部拾ってたら昼休憩終わっちゃいます。それよりどうします?」
昨日、一昨日は、生姜焼きの時と同じ場所……清瀬さんのチームのミーティングルームを使わせてもらった。
けれどさすがにこうも連日となると、あの受付の女性も不審に思うかもしれない。
「いい場所があるんだ」
元々そのつもりでいたのか、清瀬さんは迷わずそこに向かって歩き出した。
ゆっくりとした足取りを追って外に出ると、麗らかな春の陽射しが体を包んだ。
光が柔らかい。
今日は風もないし、空から降り注ぐ温もりを直に感じることができる。
マンションやコンビニ、ガソリンスタンドなどを横目に5分程歩いた先に、大きな建造物が見えてきた。
「もしかして、ここですか?」
「ああ。休憩時間に時々来るんだ」
清瀬さんが言うには、このレンガ造りの古びた洋館は昭和初期あたりに建てられたものらしい。
良く言えばレトロ。
悪く言えば……何か事件が起こりそう。
そう、名探偵なんちゃらが謎を解く舞台になりそうな…そんなイメージ。
「人、いるんですか…?」
「いるよ。昔からこの地域に住んでいる人たちが利用してるんだろうな。年配の方が多い」
「そうなんですか…」
存在は知っていたけれど、入るのは初めて。
少し緊張しつつ、洋館を改装したというこの図書館に足を踏み入れた。