第3章 曙の空、春の海
二人で過ごした夜から数日が過ぎた。
あれからも清瀬さんとは、顔合わせる毎日だ。
午前中の仕事もひと区切りし、そろそろ休憩時間になろうかという頃、気持ちがそわそわし始める。
今日も来るかな…。
でもちゃんと断ったし、さすがの清瀬さんでも連日ここに訪れるなんてことはないと思いたい。
「よっ、風見さん」
そんな期待とは裏腹に、私の名前を呼ぶ声がした。
顔を見なくても誰だかわかる。
「…!?ちょっ、こっちへ!!」
リハビリルームの出入り口で笑みを浮かべるその人の腕を引っ掴み、人気のない非常階段まで連れてくる。
「清瀬さん!お弁当ならもう必要ないって言ったじゃないですか!これで三日目ですよ!?」
「風見さんの食生活が心配で心配で、夜も眠れないんだよ」
「嘘ばっかり!寝不足だとしたらそんなお肌ツヤツヤではいられませんよ!お昼ご飯のことなら心配いりませんってば。ちゃんと食べるようにしますから」
「ちなみに今日の昼飯は?」
「………サンドイッチ。と、……ゆで卵」
清瀬さんの眉間に皺が寄るのがわかった。
「サンドイッチにレタスとキュウリが入ってるし、卵でタンパク質も…」
「本気で言ってるのか?」
「う…、夜はちゃんと食べてるんですよ…」
私のランチがコンビニのサンドイッチひとつだと知って以来、清瀬さんは私のためにお弁当を作ってくるようになった。
粗末な食生活を心配してくれる気持ちはありがたい。
そして清瀬さんの作るお弁当は、最初に食べた生姜焼きから始まり、全て美味しくいただいている。
ただ私たちはそういう関係にまで進展しているわけではないし、第一ここが職場だということも気にしてもらいたい。
「選手たちの体は熱心にケアするのに、自分の健康に無頓着なのはいただけないな」
それを言われてしまうと正論過ぎて返す言葉もない。
実を言うと、元婚約者と別れてからは、美味しいものを食べたいとか、ましてや健康に気を配るなどという考えにはとてもじゃないけど至らなかった。
仕事を終えたら帰宅し、空腹を埋められるものを口にしたあと眠る―――それだけの毎日を繰り返してきた。
目の前のご飯を美味しいと思って食べられる今のこの状況こそ、私にしてみれば進歩なのだ。
それが清瀬さんの作るご飯であることは全くの予想外だったけれど。