第2章 リスタート
「選手たちには思う存分走ってもらいたいと思ってます。自分の目指す頂点まで、駆け抜けてほしい」
軌道修正すべく、陸上に話を戻す。
「私たちはコーチではないから、記録を伸ばすとかメダルを目指すとか、そういうお手伝いはできません。でも、選手たちの体を守りたいんです。
だから、ほんの些細な変化でも教えてくださいね。少しの怪我から選手生命に影響することだってありますから」
黙って話を聞いていた清瀬さんは、瞼を伏せ、ふぅっと息を吐いた。
「こんなこと思っても仕方ないけど…」
「え?」
「もし、高校生の時に君みたいなトレーナーに出会っていたら。何か変わったのかな」
「……」
「すまない。忘れてくれ」
清瀬さんは顔を上げて、何だか切なげに笑った。
その表情は心なしか幼く、まるで傷を負った少年みたいに見える。
高校生の頃の清瀬さんの痛みが、今の清瀬さんを通して伝わってくるようだった。
「飲み過ぎですよ。懇親会の時はシャキッとしてたのに」
「あの日は幹事だったから、控えめに飲んでたんだよ」
「清瀬さんが潰れても、私は担いで帰れませんからね。ちゃーんと自分の足で歩いてくださいよ?」
「潰れるほど飲んだことはないし、酒で記憶を失くしたこともない。風見さんとは違う」
「何か根に持ってます?」
「根に持ってはいない。昼間も言ったろ?寂しかったんだよ、忘れられて」
これは…酔ってるからこんな感じなのかな。
ムスッとした顔をして、口をへの字に曲げて。
確かに根に持ってるというよりは、拗ねているという方が的確な表現かもしれない。
失礼なことをした私がこんな風に思ったらいけないのかもしれないけど…。
この人、可愛いところもあるんだ。
「この前は風見さんに付き合ったから、今日は俺に付き合ってもらおうか」
「いいですけど…」
清瀬さんの家とか、いかがわしい建物以外のところなら。
先日迷惑をかけたお詫びも兼ねて、今夜は清瀬さんが行きたい場所へお供しよう。
「じゃあ、次はカラオケ!その後ゲーセンだ!」
「え…?」