第2章 リスタート
ず……ズルい……。
ズルい、ズルい、ズルい。
何、今の……。
いつもは、逸らしたら負けとでも言うように真っ直ぐに人の目を見てくるくせに。
ほんのちょっとだけ視線を外して、照れたように声を小さくして。(あくまでも清瀬さんにしては、だけど)
これは、今の発言を恥じらっているということでいいのでしょうか?
初めて清瀬さんの心が伝わってきた気がする。
だからと言って上手くは応えられない。
どうしよう…何て返せば…。
「こんなこと言われても困るよな。今は友達の枠に収まっておかないと」
妙な雰囲気を立て直すようにそう言って、清瀬さんはタブレットを手に取った。
「ではせっかくなので、今日の蔵原のトレーニングメニューを確認させてください。それから高橋が手術を終えて退院するんですが、復帰に向けた準備をお願いします。目標としては、夏の大会に出られるようにしてやりたいんですけど」
突如仕事モードに入った。
困っている空気感が伝わってしまったのだろうか。
真剣に話を進める清瀬さんの声が、耳をすり抜けて行きそうになる。
さっきのあの瞬間。清瀬さんに対して、私の胸の音は確かに数段階大きく鳴った。
今朝の清瀬さんとのやり取りは、何度思い返してみてもほんの数秒言葉を交わしただけ。
あんなたった数秒の時間を、私に会いたいがために訪ねてくるなんて。
正直に言ってしまえば、ほんの少し、嬉しい。
ひととおり仕事の話は終えた。
改めてご飯のお礼を言って書類をまとめ、席を立つ。
午後の業務に向けて帰ろうとしたところで、清瀬さんに引き止められた。
「風見さん。今夜飲みに行こう」
「……今夜?」
「無理か?じゃあ、明日」
仕事を兼ねているとはいえ、今まさに一緒の時間を過ごしたところなのに。
もう次の話?
「都合悪い?」
「悪くはないですけど…。推しが強いというか…」
「女性にとってはそうなのか?」
「清瀬さんって、恋愛中いつもこんな感じなんですか?」
「こんな感じとは?」
「ストレートに気持ちをぶつけてくる感じ」
「どうかな。恋愛なんて久しぶりで、忘れちゃったな」
上手くはぐらかされたような気がする。
ほんと、読めない人。