第2章 リスタート
「お疲れ様です」
「午前中の仕事が早く終わったから、待ってたんだ。行こうか」
手にはタブレットとノートにバインダー。
仕事の時、いつも清瀬さんが持ち歩いているものだ。
間違いなくこの人は "清瀬コーチ" 。
「ん?どうした?」
「スーツ着てるところ、初めて見ました。今朝うちに来た時はジャージでしたよね」
「ああ、朝練のついでに風見さんのところに寄ったから。トレーニングの時以外はスーツだよ」
「そうなんですね」
ダークカラーの細身のスーツは清瀬さんによく似合っていて、普段とのギャップにそわそわしてしまう自分がいる。
実のところ、この人の顔や雰囲気、結構好みだったりするのだ。
もし婚約破棄なんてトラウマものの失恋がなければ、私はとうに清瀬さんに惹かれていたのかもしれない。
ミーティングルームの鍵を開けた清瀬さんは、私を椅子に促した。
彼のものなのか、テーブルの上には黒いリュックが置かれている。
「俺たち以外には誰も来ないから、楽にして。腹減ってるだろ?食べようか」
「はい」
近所のコンビニで買ってきたサンドイッチとペットボトルのお茶を並べる。
「昼飯それだけ?足りるのか?」
「朝昼はいつも軽く食べるだけなので。清瀬さんは?普段は社食ですか?」
「俺は弁当持ちだ」
そう言いながら、水筒とお弁当箱をリュックから取り出した。
「え!毎日!?」
「ほぼ毎日かな。たまに付き合いで外食もするが」
主婦の方ですか…?
そう言えば、朝ごはんもちゃんと作っていたっけ。
「午後も仕事があるんだから、もう少し食べた方がいい」
清瀬さんはリュックからタッパーらしきものを出して私の目の前に置いた。ご丁寧に割り箸も一緒に。
「好き嫌いある?」
「いいえ」
「豚の生姜焼きだ。よかったらどうぞ」
「清瀬さんの分は?」
「足りるから大丈夫。あれば風見さんも食べるかと思って持ってきた」
「…ありがとうございます」
タッパーの中には、飴色に炒めた玉ねぎと、ほどよく焦げ目のついた生姜焼きが詰められていた。
「美味しそう…!」
「口に合うといいけど」
「いただきます」
丁寧に手を合わせ、ひと口食べてみる。
途端、甘辛のたれと生姜の風味が口いっぱいに広がった。