第2章 リスタート
「さつきさーん。清瀬コーチがお呼びですよ」
「あ、はい」
次の日の始業前、うちの施設に清瀬さんが訪れた。
コーチとして私の上司とミーティングを行うこともあるし、回復期である選手を連れてくることもある。
けれど、この時間に顔を見るのは珍しい。
「どうしました?」
「蔵原のことで相談があるんですけど。今日の昼、時間もらえませんか?食事しながらでもいいので」
「わかりました」
「じゃあ、うちのチームのミーティングルームで。受付には僕の名前を伝えていただければ大丈夫です」
そう約束を取り付けて、清瀬さんは帰っていく。
昨日一晩、色々と考えてみた。
その結果、清瀬さんの「付き合いたい」が本気なのか遊びなのかがよくわからなくなってきた。
だって清瀬さんには緊張感というものが全く見当たらない。
こんな私にも、過去に数名告白してくれた男性はいる。
その誰もが、照れくささとか恥じらいという類の緊迫した雰囲気を纏わせて想いを告げてくれた。
私だって好きな人を目の前にするとなかなか普段どおりには行かない。
恋というのは、人間から平常心を奪うものだと認識してきた。
それなのに、この清瀬灰二という人にはそれらの感情が欠けているように見える。
私を想ってくれているという信憑性がイマイチ感じられないのだ。
約束の時間に、隣地である陸上チームの建物を訪問する。
清瀬さんを呼んでもらわなければと思い、受付に足を向けた。
歩くこと数歩。
その場所に控える女性と楽しげに話す、スーツ姿の人物が目に留まる。
……清瀬さんだ。
あの人、スーツなんて着るんだ。
コーチ業以外の時間は広報として仕事をしているらしいけれど。
清瀬さんに関しては、例えジャージで勤務していたとしてもなんの違和感もないほどにジャージ姿がしっくりくる。
受付担当の女性は清瀬さんを前に何だかはにかんだ笑顔を浮かべていて、声をかけるのを躊躇った。
その僅か数秒の合間に、清瀬さんは私に気づく。
「ああ、お疲れ様。わざわざ悪いね」
「いえ」
「またな、白河さん」
「はい。また」
白河さんと呼ばれた女性は、受付嬢らしい綺麗な角度で私にお辞儀をしてくれる。
それに会釈を返して、清瀬さんと向き合った。