第7章 春爛漫
「今のさつきの台詞を聞いたら、どうしたって期待してしまうだろ。子どもの話がただの雑談だったとしても。
それを真に受ける男がいたら、笑うか?」
先に口にしたのは、私だ。
それなのにハイジさんは、将来を期待する自分が可笑しいかのような言い方をして自嘲気味に微笑む。
「笑うわけないでしょ?この先の私の人生は、ハイジさんと一緒がいい」
まるでそれは必然。
桜が散ったあとからお付き合いが始まり、早三ヶ月。
ハイジさんとの時間を積み重ねていくほどにその存在が体と心に馴染んでしまい、以前までの自分が思い出せないくらい。
「ハイジさんと過ごすようになってからは、刺激的だけど心の中はいつも穏やかで。自然と二人でいる未来を想像してるの」
卑屈にもなっていた私を陽だまりに導いてくれたのは、ハイジさんだ。
あなたがいなければ、私に春は来なかった。
繋いでくれたこの手を、二度と離したくはない。
「前に海で話したこと、覚えてる?
"一緒にいて幸せだと思える相手は、きっといる──"
ハイジさん、そう言ってくれた」
「ああ、覚えてるよ」
「一緒にいて幸せだと思える人は、ハイジさんだよ。
これから先もずっと、ハイジさんだけ」
あなたの隣でなら、笑顔に満ちた人生を歩んでいける。
支えたいし、支えてほしい。
恋愛と、陸上。
挫折した出来事は違っても、大きな傷を知っているからこそ私たちはわかり合える。
優しさを分け合える。
立ち上がったあと、前へと進む強さだって身につけたもの同士だ。
この先どんな憂き目に遭ったとしても、きっと乗り越えられる。
「婚約破棄された女に結婚願望があったら、笑う?」
「笑うわけないだろ」
ハイジさんは温かな腕で、そっと私を抱きしめてくれる。
その慈愛に満ちた抱擁から、ハイジさんの心が伝わる。
「どっちがプロポーズしているのかわからないな、これじゃ」
"プロポーズ" という言葉に目を見張った次の瞬間───
「結婚しよう」
潔くて真摯で、いつでも真っ直ぐなハイジさん。
これでもかというほどに愛情をくれるハイジさんのおかげで、私は私自身のことも抱きしめてあげられるようになった。
「はい…」
幸せで、胸がいっぱいで。
この気持ちを余すことなく言葉で伝えたいのに、唇から零れたのはたったこれだけ。