第7章 春爛漫
向けられた言葉が予想外で、ハイジさんの顔を見上げた。
その表情からして、冗談で口にしたとは思えない。
「付き合い始めた頃から考えていたことなんだが。
……あ、いや。酒を飲んだあとに言うべきことじゃないな。明日、改めて話すよ」
大事な話をしようとしていることは伝わる。
それが私たち二人のことならば、先送りにしてほしくはない。
床から腰を浮かせ、ハイジさんの隣に座る。
「今、聞きたい。ハイジさんはお酒飲んでたっていい加減なことは言わないもん。だから、今聞きたい」
「明日になったら、忘れていたりしないだろうな」
冗談めいた口ぶりではあるけれど、むしろ私の心配されてる…?
それもそうか。
私には前科がある。
何せ、ハイジさんの告白を忘れてしまうような失態を犯しているのだ。
「忘れない。明日どころか、一生忘れない」
ハイジさんは少し微笑み、真っ直ぐに私の目をみて語り始める。
「俺は、さつきとの将来を考えてる」
「…うん」
「でもさつきと俺とでは、結婚に対する価値が違うのかもしれない」
私には、一生添い遂げるつもりで婚約した彼がいた。
その人との別れで負った傷は簡単には癒えてくれなくて、ハイジさんと親しくなってからも曙の空の下を彷徨っていた。
恋人がそんな女だからこそ、"結婚" という単語すら口に出すことを躊躇していたのかもしれない。
全てを知るハイジさんは、付き合う前から今日までずっと、私の心に寄り添ってくれていたんだ。
もう既に、泣きそうなほど嬉しい。
「欲しいのはさつきと歩む人生だ。正直に言えば結婚という形を取りたいのが本音だが、さつきが望まないのならその制度に囚われなくていいとも思ってる」
結婚しなくても、恋人のままでいい、ということ?
いつだって私を尊重してくれるハイジさん。
彼らしい心遣いが、何故かこんなにも寂しくて……
「いや、思ってた。つい数分前までは」
「……え?」