第7章 春爛漫
本当に間に合うのだろうか。
間に合わなかったとしても、カケルくんなら冗談抜きで自宅まで走って帰りそうだ。
「何か追い帰したみたいで悪かったな…」
「随分カケルを可愛がるじゃないか」
「そんなこと…。え、ヤキモチ?」
ハイジさんの答えが返ってくるはずのタイミングで、お湯はり完了のメロディーが鳴る。
「風呂が湧いたぞ。先に入ったら?」
質問の答え、聞いてない。
でもはぐらかしたということは、きっと図星だ。
「一緒に…入る?」
機嫌をとるつもりはない。
でも、ハイジさんが特別だということはわかっていてほしい。
「どうした?いつもは嫌がるのに」
「ハイジさんの可愛いところ見たら、一緒に入りたくなったの」
カケルくんのことは、確かに大切な存在。
だけどそれは、ハイジさんがカケルくんに抱いている感情と同じだ。
大切な選手。
大切な恋人の後輩。
そんなこと言わなくたって、ハイジさんならわかってるはずだけど。
「男に可愛いって言ったって喜ばないぞ」
「さっきは自分でアピールしてたのに。一緒に入っちゃダメ?」
「自制が効かないかもしれないが」
「いいよ」
「欲しがりめ」
「嬉しいくせに」
空気が甘く変わる。
ウエストに両腕を絡めてきたハイジさん。
軽く啄むようなキスが降る。
一回、二回、三回…
「んっ…ハイジさんは、いつもいっぱいキスしてくれるね」
「ああ…そうかも?」
「無自覚?」
「あまり自覚はなかったな。嫌か?」
嫌だ、なんて言うわけないのに。
そもそも私がそんなこと言うわけがないと、この人はわかっている。
案の定、返答などお構いなしに抱き寄せられた。
首筋にしがみつけば、唇がよりしっかりと触れ合う。
押し付けるみたいに何度か口づけたあとは次第に舌が伸びてきて、口内を隈なく掬っていく。
こうなるともう頭は朦朧とし、ハイジさんのキスに溺れるだけ。
「すぐそういう顔をする」
「どんな顔?」
「物欲しそうな顔」
「…だって、きもちいい」
「困るな、キスするたびにそんな顔をされちゃ。理性が保てなくなる」
「じゃあ、キス、やめる?」
「やめない」
"困る" なんて言いながら甘く濃厚なキスの時間はひとしきり続いた。
唇と舌を交わらせるだけの行為に何故飽きもせず夢中になれるのか、自分でも不思議だ。