第5章 一等星
私と交代に、ハイジさんは浴室へ入っていった。
シャワーの流れる音、洗面器と床がぶつかる音、湯舟が波打つ音、ドライヤーの風が舞う音。
湯上がりの恋人を待つ時間というのは、こんなにも落ち着かないものだっただろうか。
そわそわしたところで、この時間も杞憂に終わるかもしれない。
ハイジさんは性の香りをあまり感じさせない。
飲み会で下ネタを振られても笑顔でいなすような人だ。
肉食系、草食系、ロールキャベツ男子なんて例えが世の中にはびこっているものの、そのどれにも属さない気がする。
つまり、ハイジさんが男の顔を見せるなんて何だか想像できない。
一人でこのあとの展開を予測しては打ち消して。
そんなことを繰り返すうちに、期待している自分に気づく。
そして、ハイジさんにその気がなかった時のことを考えて勝手に落ち込む。
不毛な妄想ばかりが巡っていた。
お風呂上がりのハイジさんは髪の毛がふわふわしていて、ジャージ姿は相変わらずなのに何だか特別に見える。
キッチンで水を飲んだあとこちらに近づいてくるタイミングで、私も流したままの報道番組を消した。
「寝ようか」
「はい」
チラリとベッドに視線を送る。
「狭くてすまないが、来客用の布団がなくてね。二人で寝るのは嫌か?」
ふるふると首を振る。
「一緒がいい…です」
「よかった」
掛け布団を開き、私を壁側へ促してくれる。
ベッドに上り、そこへ潜り込む。
ピッ、っと電子音がひとつ鳴り闇が落ちると、横たわったハイジさんの体が密着した。
「今夜は、さつきを抱きしめて眠りたいと思ってた」
ふわりと包む、優しい抱擁。
シャンプーかボディーソープかどちらかはわからないけれど、甘い香りにも抱かれているみたい。
もう頭の中で散らかっていた感情まるごと、どうでも良くなる。
これで、充分。
ハイジさんに抱きしめられているだけで胸がいっぱいだ。
朝までこうしていられると思うだけで、幸せ。
「風呂上がりの姿、新鮮だな」
「え?」
「つるんとした肌も、サラサラの髪も、パジャマ姿も」
家では年季の入ったグレーのスウェットで過ごすことが多い私。
でも今夜はハイジさんに見られることを考慮して、ピンクのパジャマを購入してみた。
少し可愛こぶってみて良かったかも。