第5章 一等星
「顔、見ていい?やっぱり暗闇じゃ惜しい」
ベッドサイドのナイトライトが灯ると、オレンジ色の光が控えめにポワンと浮かび、ハイジさんと目が合う。
「ハイジさんも、違って見える。"清瀬コーチ" でも "清瀬さん" でもなくて…」
「そうだな。たぶんどちらでもない。見たことのない俺をこれから見せると思う。今、さつきの目には俺がどう映ってる?」
「どう…って?」
「至極冷静にさつきを抱きしめていると思うか?」
「……」
それは……。
何を意味しているのかはすぐに思い当たり、返答を探す。
「ハイジさんにも性欲があるってこと?」
目の前の丸い瞳は明らかにキョトンとしている。
わ、間違えたかも…。
性欲、なんて直接的な単語を使っちゃった!
「そう来るとは思わなかったな。逆に、俺に性欲がないとでも?」
可笑しそうに笑いながら私の頬をムニムニと摘む。
「いえ。ない、とまでは…。でもハイジさん淡白そうかなー、なんて。今までいくらふざけてても、ボディタッチとかしなかったし」
「付き合ってもいない女性にベタベタ触るわけないだろう」
「ですよね…」
付き合ってもいない女性にベタベタ触る男の人だっているんですよ…。
あ。藍田さんって人なんですけど。
「さっきの答えだが、性欲ならある」
まさかの、性欲ならある、発言。
「ガッカリさせた?」
「そんなこと…」
「ただこれは俺の意思だ。合意もなしに何かしたりはしない。さつきがまだ早いと思うのなら…」
「合意します」
躊躇いなんてない。
だって、本当は期待していた。
もっと求められたいって。
もっと近づきたいって。
即答した私が可笑しかったのか、また小さく息を漏らして笑い、頭を撫でる。
「じゃあ、遠慮はしない」
ハイジさんは一度腕を解くと体勢を変え、私を上から組み敷いた。
「確かめてみればいい。淡白かどうか」
私を見下ろすその表情に釘付けになる。
顔だけに限って言えば爽やかイケメンのはずのこの人が、今はその爽やかさの代わりに色気を纏っている。
私の知らない顔。
本能で悟る。
この先を知ってしまったら、もう絶対に抜け出せないと。
私は清瀬灰二という男の縄張りの中に、自ら飛び込んだ。
無論、それを悔やむ気持ちなんて、ひと欠片だってないのだけれど。