第5章 一等星
気持ちを落ち着かせてから名前を口にしようとしても、一向に鼓動が穏やかにならない。
当然だ。清瀬さんに抱きすくめられているのだから。
首筋に唇を近づけて来たかと思えば、触れるか触れないかくらいの絶妙な加減でそこにキスをする。
その瞬間、心臓がドクンと大きく鳴った。
直後、不埒な感覚が全身を駆け巡る。
「ハ…ハイジ!さん!」
「何?」
「首は、だめぇ…」
「……」
「……?」
突如訪れた沈黙が不可解で、ゆっくりと振り返る。
こちらを凝視するハイジさんの顔は、心なしか……
「赤…」
「…くない!早く風呂へ。しっかり温まってくるように」
学校の先生みたいな物言いのあと、いとも簡単に私を解放すると、キッチンへ行きグラスを洗い始める。
今一瞬、妙な空気が流れた。
私のせい…?ううん、元はと言えば、清瀬さ…、ハイジさんのせいだ。
あんなところにキスをするから思わず声が上擦って……。
そもそもハイジさんと一夜を共にする時点で、今日 "そういう関係" になってもおかしくはないと思ってる。
大人同士だし、それでもいいと全て承知でここへ来た。
しかし、当のハイジさんはどう考えているのだろう。
今の態度からして、腹を決め兼ねている…とか?
それとも、藍田さんに襲われかけた私に気を遣ってる?
もしくは、淡白であまりそういう欲がない人だったりして。
どんな私でハイジさんの元へ戻ればいい?
このあとの展開を考えるほどに、緊張が増してゆく。
思いの外、長湯をしてしまった。
ここを訪れる前に購入した、下着と部屋着を身につける。
駅前にあるビルにはファストファッションを扱う店舗もドラッグストアもあり、今日のような急な外泊にも対応できた。
ハイジさんは着るものを貸してくれると言ったけれど、洗濯物を増やすのも悪いし、我が家に部屋着が一着増えたところで邪魔にはならない。
「お先にいただきました」
「長風呂だったな」
「あ、すいません。つい」
「いや。逆上せていないか、少し心配しただけだよ」
さっき赤面したように見えたのは、目の錯覚だったのかもしれない。
そう思えるほど、いつもどおりのハイジさんだ。