第5章 一等星
「結婚がダメになった時一番辛かったのは、家族を悲しませてしまったことだって。
さつきはあの夜、自分が負った傷のことではなく、家族を思って泣いていた」
……そうだったんだ。
確かに家族には沢山心配をかけたし、辛い気持ちにさせた。
それが私への愛情からくるものだとわかっていたから尚のこと、申し訳なくもなった。
あんな顔をさせてしまった自分に、嫌気が差した。
「婚約破棄されてから初めて実家に帰った時、母は私の好きなごはんばかり作って出迎えてくれたんです」
「…そうか」
「おばあちゃんなんて転んで泣いてる子どもを宥めるみたいに、涙ぐみながら慰めてくれて。あんなに私の花嫁姿を見るの楽しみにしていたのに」
「うん」
「父は…… "いつでも帰って来い" って。
たったひと言だったけど、すごく救われました。うちの父親って昔から無口で、娘に関心があるのかもわからないような人だったんですけどね。でもきっと、私のためにいっぱい言葉を考えてくれたと思うんです。考えた末のひと言が、それなんだなって……」
この歳になって改めて家族の愛情を思い知らされた。
時折相槌を打ちながら静かに話を聞いてくれていた清瀬さんだけれど、そこで黙り込んだ。
一抹の不安が過る。
「あ…やだ…、もしかして、この話もしたのかな。すみません」
あの日酔って自分語りした上に、また同じ話を聞かせるなんて。
うちの職場の酔いどれ上司のこと、馬鹿にできない。
「少ない言葉の裏側の感情にまで思慮できる女性なんだよな、さつきは。自分自身が哀しみの淵にあっても」
私の心配をよそに、清瀬さんからはそう返ってくる。
「俺にはそれができなかったから。ハッとさせられたよ」
そして、自嘲気味とも取れる笑顔で私を見つめた。
「俺の父親も同じようなタイプなんだ。必要最小限しか喋らない。俺が膝を壊した時も、"焦るな" って、たったそれだけ。
父親なりに俺を励まそうとする気持ちがあっただろうに、あの頃はわかろうともしなかった。俺の弱さが、見えなくさせてたんだ」
膝の怪我を負った当時、清瀬さんは高校生。
夢を絶たれた絶望と同時に親の気持ちにも寄り添うだなんて、きっと出来っこない。