第5章 一等星
手料理を全て美味しく食べ終え、作ってくれたお礼に私が洗い物をする。
片付けが済んだあとも、梅酒を飲みながら晩酌の時間は続いた。
「清瀬さんが箱根に出た年の動画、この前見たんです。走っている姿を見たら何か感動してしまって…。涙が出てきました」
「ありがとう。あの舞台で走るのが夢だったから、幸せな時間だったよ」
「見たかったな、清瀬さんの走るところ。間近で応援もしたかった。あの頃出会えてたらよかったのに」
清瀬さんが駆け抜ける時に立ち上る風を、感じてみたかった。
傷の痛みに堪え前進する姿を、ゴールする瞬間を、見守りたかった。
夢を遂げたあとの満ち足りた笑顔を機械越しで見るのではなく、私自身の心に刻みたかった。
「俺は、今でよかったと思ってる」
「え?」
「あの頃の俺は、走ることしか考えられなかったから。自分のことで精一杯で、恋愛してる余裕はなかったんだ。だからこのタイミングでさつきに出会えたことは、運命だと思ってる」
またそんな…運命なんて歯の浮くような台詞を……。
確かに清瀬灰二という人は、事実を過剰に飾り立てることはある。
でも今の台詞は、きっと清瀬さんの本心。
だからこそ気恥ずかしくて、どういう顔をしていいのやら。
「一方的過ぎたか」
「いえ。嬉しい、です」
「嬉しいって、思ってくれるんだな」
この顔に弱い。
ふと力が抜けてしまったかのような綻んだ笑顔が、私を更に魅了する。
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
「何?」
「私、最初の夜、清瀬さんの前で泣いたんですか…?」
「ああ…思い出したの?」
「いえ。岩倉先輩と話してるのを聞いて…」
「立ち聞きばかりするんだなぁ、君は」
「それに関してはすみません!でもタイミング的に出ていきづらくなってしまいまして…」
あの時は、仕方がなかったのだ。
噂されている本人がどんな顔をしてその渦中に入っていけばいいのか考えあぐねていた結果、立ち聞きという形になってしまったのだから。
とは言えズバリそう指摘されてしまうと、ぐうの音も出ない。
そんな私をからかうように眺めていた清瀬さんだけれど、ふと真剣な眼差しに変わる。