第5章 一等星
「梅酒、飲めるよな?」
「はい。好きです」
トレーに乗せられたグラス越しに、澄んだ琥珀色が揺れている。
清瀬さんは二人分のそれをテーブルに置いた。
「本当は三年くらい寝かせるともっと美味くなるらしいんだが、流石に待てないから飲んでしまおう」
「え?もしかして作ったんですか?すごーい!梅酒ってどのくらいで飲めるものなんですか?」
「これは一年寝かせた」
「いっ…一年!?飲んじゃっていいの!?」
「折角作ったんだから、飲まなきゃもったいないだろ?」
清瀬さん作の梅酒の他に、メインの生姜焼き、わかめと豆腐のお味噌汁、サラダにぬか漬け、菜の花の辛子和え。
ここは実家かと錯覚するような、理想的な和食が並んだ。
「はあぁぁ…美味しいぃ…。清瀬さんが作ったお酒とごはんだと思うと、尚更美味しい」
「ははっ、ありがとう。このくらいの飯でよければ作るから、いつでもおいで」
「はい…」
甘えてもいい、と言ってくれているみたいだ。
お腹だけでなく、胸までいっぱいになる。
「あ、でも次は私がおもてなししたいです。清瀬さんには散々ご馳走になってるし。カルボナーラは唯一自信あるんですよ!パスタ苦手じゃないですか?」
「好きだよ」
「よかった!」
「それって、家に誘ってくれてる?」
「そう…です、けど…」
私、変なこと言ってる?
言ってないよね?
清瀬さんだから……大切な人だからうちにも来てほしいし、二人で過ごす時間がもっとほしい。
「ありがとう。じゃあ、あのグラスを持ってお邪魔するよ」
"あのグラス" が何を指すのかは言うまでもない。
二人で作った、水をモチーフにしたグラス。
私のものは、梱包を解くことなくクローゼットに押し込められたまま。
「さつきと、二人で使いたかったから」
「私も…」
目にしてしまえば、悲しい気持ちに拍車が掛かるのは明白だった。
全ては私の誤解が招いたことだけれど。
思い出の二つのグラスは、ようやく再会できそうだ。
「叶わないままになるかと思ったよ」
「……ごめんなさい」
「責めてない。楽しみが先送りになっていただけだ」
清瀬さんが放つ音はいつだって綺麗だ。
思いやりのある言葉を選んでくれるところが、とても好き。
そして、尊敬もしている。