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600秒の夢境【twst短編集】

第6章 凪の情景/アズ監


 やってしまったと若干の後悔をしつつ、それでもやはり気になるので、「た、対価は?!」と僅かに裏返った声で問う。
 ユウの必死な様に珍しく狼狽えた表情を出したアズールは、眼鏡のブリッジを上げるのと同時にユウから視線を逸らす。
「……確かに対価を頂ける事例ではありますね。頂くつもりはありませんでしたが、そう仰るのであれば」
 生唾を飲んで身構えるユウの緊張感とは裏腹に、彼が欲しがった対価は意外なものだった。
「貴女の元いた世界。どの文献にも記載されておらず、ネット上を隈なく探しても情報は流れていませんでした。宜しければ、元いた世界での文化や歴史を教えて頂きたい……貴女の記憶を対価として頂きたいのです」
 なに、魔法で記憶を奪う訳では有りません。時々お話を聞かせて下さるだけで結構です。
 ユウは拍子抜けしたカオで「そのぐらいのことでしたら……」と承認したのだった。





✳︎





 最後に向かうは教室。
 ——— なぁ子分。アズールの奴、こぇえんだゾ!アイツ、オレ様の席を奪ってきたんだゾ!
 小さな頼れる相棒が嘆きながらオンボロ寮に戻ってきたのは、ユウが熱を出してベッドで寝込んでいる時のことだった。
 グリムの話によれば、ユウの代わりにひとりで学年合同授業を受けるために窓際の席に座っていたら、後から入ってきたアズールが耳打ちしてきたのだと言う。
 モストロラウンジの食材をつまみ食いした事をネタに、あの時のことは見逃してやるから席を譲れ。と脅されたと涙目で訴えてきたのだ。
 その時はあまり深くは考えておらず、アズールの几帳面な性格故に集中出来る席というものがあるのだろう。くらいに考えながらグリムを慰めていた。
 だが、今考えればその時の行動も何か意味があったのではないだろうか。
 高鳴り始める胸に手を当て、薄暗い廊下を足早に歩いて教室へ向かう。
 勘違いだろうか。不安が渦巻いている筈なのに、その中心で確信めいたものがほのかに光り始めている。
 薬学室から見えた木は、ユウがぶら下げられていた木だ。あれ以降、二人で話す事が増えたキッカケの木。
 図書館で彼が見ていたものは本棚。パラレルワールドやタイムリープ、時間移動装置が既に存在している可能性等。どちらかと言えばチープな本が集められた本棚だ。
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