第6章 凪の情景/アズ監
フロイドが言っていた場所。ギシリと音を鳴らす木椅子に腰掛けてガラス窓の外を眺める。
見えたのは数本の木と、星が散りばめられた夜空だけであった。
壁全てが本棚として使われている図書館。いつもは妖精の魔法でふよふよと浮く本達が、今は本棚に抜けがない程に綺麗に整っている。
横長の机が並んでいる、その間をすり抜けて歩く。
——— 監督生さんはご存知ですか。ここ最近のアズールはいつもあの席を独占しているんですよ。
その気配に気付かず、難しい本を齧り付くように読んでいたユウはビクッと肩を跳ねさせた。
そんな事等、気にも留めないオクタヴィネル寮の副寮長、ジェイド・リーチは、ふふ、と意味深に微笑む。
実に面白いです。見ていて飽きません。と唇の下に人差し指の背を当てるジェイドに「どういうことですか?」と問いかけてみたが、見目の良い笑顔を向けられただけだった。
アズールが独占していた席の前で立ち止まる。ユウ自身も彼が敢えてこの席に執着する姿を見たことがあった。
アズールよりも先に来た他の生徒がこの席に座っていた時、アズールはその生徒に耳打ちをひとつした。すると生徒は一瞬にして血色の良かった肌を真っ青に染めて、歪んだ笑顔をアズールに向けながらそそくさとその席を譲っていたのだ。
ユウは椅子を引いて、彼が執着していた席に腰掛ける。
目の前に広がるのは本棚にキッチリと収まる本だけだ。
これがアズール先輩がいつも見ていた景色。ユウは誰もいない図書館で小さく呟く。
ジッとその無機質な景色を見つめて、彼と同じソレを目に焼き付けていた。
そしてふと気付き、数回の瞬きを繰り返す。
「……あれ?」
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「本当、貴女はいつも何かに巻き込まれていますね」
アズールが呆れたように肩を竦めた。
木の上でぶら下がるユウがこの状況に陥ってしまったのは、飛行術の授業が終わり薬学室へ向かう途中に面倒事に巻き込まれたからであった。
珍しい物を排除したがる人間の質をそのまま剥き出しにしたような生徒から呼び出しを受けることはよくあった。
オンボロ寮の監督生であるユウは異世界の人間。この世界では当たり前である魔力を一切持っていない。
雑草ですら僅かな魔力を持つツイステッドワンダーランドでは、ユウのように魔力を一切持たない生き物は存在し得ない。