第6章 凪の情景/アズ監
赤く腫れた目蓋を閉じて眠るグリムにそっとタオルケットを掛けてやる。
夜は未だに肌寒いというのに、小さな頼れる相棒はいつもタオルケットを蹴飛ばして腹を出して眠っている。
何度こうして夜中にお腹を隠してやっただろう。
毎日繰り返していたソレを思い返して口元が緩んだ。鼻の奥はキュッと詰まる。
規則正しい呼吸を繰り返す彼を起こさぬようベッドから立ち上がり、床で乱雑に転がってイビキをかく赤と青のマブダチを踏まぬよう爪先でバランスを取りながら歩いた。
二人の顔は見ないでおく。腫れた目蓋がこれ以上酷くならないように。
熱を帯びる目蓋を冷えた指先で押さえ、静かに部屋を出る。
確か時計の短い針が三、長い針が六を指していた。
ギィと心許ない音を上げる玄関扉を越えて、向かうは薬学室。
この世界での最後の夜は、彼が見ていた景色をどうしても見たかったのだ。
彼……オクタヴィネル寮の寮長であるアズール・アーシェングロットは必要以上の言葉をくれない、寡黙で心の内を見せない人だった。
——— 三日後に……元の世界に帰ることになりました。
そう告げた時も、視線すらこちらにくれることはなく「そうですか。良かったですね」と淡々と返されただけだった。
少しだけ、ほんの少しだけ。同じ気持ちでいてくれてるのでは無いかと、返ってくる言葉に期待していた。
だがそれはとんだ勘違いだったようで、表情ひとつ変えずに告げた彼の言葉に落胆し、そして元の世界へと帰る決意が固まったのだった。
ひやりと冷たい風に身震いをひとつして、薬学室の扉を開ける。
月明かりがガラス窓を通って室内を照らす。
棚に陳列されていた薬液がその光を吸収して、不気味に蠢いていた。
——— 小エビちゃん聞いてぇ。最近アズールってばさぁ、いっつもココに座ってボーッと向こう見てんの。
ずっと見てて、時々ちょーっとだけ笑ってさぁ、気持ち悪くね? アズールの片腕と呼ばれるフロイド・リーチは、うへぇと長い舌を出し、ガラス窓に人差し指の先を向けていた。
それからは錬金術の授業でフロイドとペアになる度にその話を聞かされていたのだが、あのアズールが外を眺めながら微笑むだなんてユウには想像すら出来なかった。
だから知りたかった。あのアズール・アーシェングロットの口元を緩ませる景色、というものが。