第5章 Dye Me In Your Hue/フロ監
腹の底から煮えるような怒りは、少女を守りたいからだろうか。それとも嫉妬だろうか。考える余裕もないエースはジェイドの胸ぐらを掴んで引き寄せる。
ガジャンと音を立てて床に散らばった食器はジェイドの手に持たれていたものだ。
エース!!咎めるように叫んだデュースの声は頭に血が昇るエースには届かず、僅かに木霊して消える。
「ユウに何かあったら、ただじゃおかねぇ……。遊んで良いやつじゃない。ユウは……ユウはアイツの玩具じゃねーん」
「でしゃばんじゃねぇよ」
深海よりも深く暗い声音にエースの肩がビクリと跳ねる。鈍く光る明度の違う双眸がグッと細まり、突如溢れ出た圧迫感に、その場にいる全員が息をのんで緊張感で硬直した。
ジェイドがその表情と空気を見せたのは一瞬だった。既にいつもの見目の良い笑顔に切り替えて陰惨な歯列も見せてはいない。
「って、フロイドに言われませんでしたか。ふふ、心配性過ぎるのも如何なものかと。だって貴方は監督生さんの番 つがいではありませんよね?」
ざらついた低い声から透き通る低音に変わったが、それでもエースの耳には嫌に響いた。力を失った拳を胸ぐらから離し、だらりと腕を落とす。
ユウが堕ちていく姿。なぜかそれが脳裏に浮かんで、長くねっとりとしたものが背筋に這うようだったが、ただ堅く瞼を閉じて思考を停止するしかなかった。
*
堕ちていく。自ら深淵を覗き込んで手を伸ばしたからだ。
沈んで、全てが身体を蝕んで。
カラダを必死に掻き抱いて、ただただ恐怖に堕とされないように縋り付く。
溢れた涙は海水に攫われて、鼓膜を劈くような静寂。
早く。ねぇ早く。私を——……。
「あまり頻繁に服用させるな、と言ったはずですが」
閉店したモストロラウンジ。アズールは薄暗くなった店内の巨大な水槽の前で、豪奢な黒い革張りのソファに深く腰掛けている。
揺らめく水槽の中に鎮座する馴染みの顔に、怪訝な双眸を向けてハァ、と大きくため息を吐いた。
その身なりは店内の雰囲気には似合わぬ、所謂寝巻というものに身を包んでいる。
「だからさぁ、三日に一度ってのはちゃんと守ってんじゃん。俺えらぁい」
「最低限三日に一度、と言ったんです。睡眠と水中呼吸、両方を作用させるこの魔法薬は監督生さんには負担が大きいと言ったでしょう」