第1章 プロローグ
「そういうわけでではありませんが・・・。イザーク様は今エザリア様からほとんど仕事を継いでいるとか。お忙しい中申し訳ないとおもいまして。」
「そんな、まだ簡単な事しかしておりませんよ。私ではなく、アリシア嬢の方が忙しいのではありませんか?爵位を継ぎ1年経ちましたが少しは慣れましたか?私で力になる事があればなんでもおっしゃってください。」
「ありがとうございます。」
かちゃりと決して大きくはないカップの音が部屋に響き渡る。
「まだ、私に心を開いてくださらないのですね。」
悲しそうにイザークが目線を伏せる。
何も答えられなくて、手元のカップの紅茶に映る自分を見つめる。
「今度あらためて会いましょう。西の方は紅葉が綺麗だそうです。ぜひ。」
家以外でまだイザークと過ごした事はない。
「はい、楽しみにしております。」
その返事に困ったようにまた微笑む。
「では、また。」
来た時と同じように手を取り口付けをする。
「お見送りは大丈夫です。寒くなってきたので暖かくしてください。」
アリシアの屋敷を出て、馬車に乗り込む。
「馬車を出せ、いつものとこだ。ディアッカもいるだろう。」
先程の穏やかな口調ではなくどことなく苛立ちを含んでいる。
そんな態度に動揺する事なく、従者はイザークに見えないように小さがため息をつき、手綱を引く。
動き出す馬車をまたボーッと眺める。
「飽きもせずよくくるものね。婚約は私の気持ちなどなくても解消されることはないのに。」
アリシア・コーンウォリス
伯爵家の一人娘だ。
両親が事故で亡くなり、跡を継ぐことになる。
だがまだ社交界にもデビューしておらず、さらに女性である事から伯父が後継人として名乗り出たのだ。
早くに両親を亡くした彼女を思ってではない。
莫大な資産があるからだ。