第1章 プロローグ
「お嬢様、イザーク様がお見えです。」
執事がボーッと窓を眺める少女に声をかける。
興味がなさそうなに一瞥すると、小さくため息をつく。
「今行くわ。」
「お、お待ちください、せめてご用意を。」
「別に失礼ではないわ。」
確かに、失礼に当たる格好をしているわけではない。
シルクでできた、膨らみすぎず、品の良いほどの広がりのドレス。
細かな刺繍がされており、とても質の良いものだとわかる。
しかし、薄い紫色のドレスは彼女が、醸し出す冷たい雰囲気を倍増させる。
「しかし・・・。婚約者でございますし、あちらの方が爵位は上でございますし。今社交界では赤が流行っているとか、先ほどもいくつか新しく・・。」
「また新しく注文したの?いつあなたがこの家の主人となったのかしら?・・・これ以上待たせてしまう方が失礼だから行くわ。」
執事はそれ以上何も言えず黙って礼をし送り出す。
律儀に来なくてもいいのに。
イザークは婚約した3ヶ月前から毎週会いにくる。
多い時は週に2回も。
「失礼致します」
イザークがまつ部屋に入ると、滑らかにドレスをつまみ挨拶をする。
「ご機嫌いかがですか?アリシア嬢。」
慣れた手つきで手を取り唇を落とす。
優しくこちらに微笑みかける。
しかし、こちらを尊重してくれる最低限の礼儀のようなもので感情が滲むことはない。
「かわりなく、元気に過ごしております。新しい茶葉が入りましたので用意いたしますわ。」
イザークのように微笑みかけることはなく作業のようにカップを温め、紅茶を淹れる。
「ありがとうございます。・・・・これは、、。またシンプルですがしっかりした味わいがありますね。さすが、あなたが入れてくれるお茶は美味しい。」
「ありがとうございます。無香料ですがコクがしっかりとありますので、お茶本来のおいしさを味わえるかと。」
まるで機械のように澱みなく紡がれる言葉は冷たい印象を抱く。
「今日はどのようなご用件で。」
一口お茶を飲んだアリシアが尋ねる。
カップに添える手も流れるように口に運ぶ動作も完璧でありつい見惚れてしまう。
「婚約者であるあなたに会いに来てはいけませんか?」
年頃の少女であれば誰もが優しく微笑むイザークに恋をしてしまうだろう。