第2章 デビュッタント
「今日は一段と美しいですね。」
いつも降ろしている長い髪の毛をきっちりと編み上げ、細い首が顕になりどこか色っぽい。
「ありがとうございます。」
差し出された手に自分の手を重ねる。
「初めて見ました、あなたが髪を結っているところを。」
髪を結い上げるのは大人であればマナーだ。
社交界デビュー前とはいえ年頃の少女は皆髪の毛を結い上げるものだ。
どう答えていいか分からず俯く。
「今話題になっているレストランも予約しておきました。モンブランが絶品だとか。気に入ればいいのですが。」
実はイザークと出かけるのは初めてだ。
「ありがとうございます。」
それ以上は何も言わずに馬車の中は鎮まり帰る。
彼はきっと我慢強い方でない。
それなのに、失礼な態度をとっても不快感を見せない。
わかっている、でも誰かに、彼に心を開くことができない。
「世間は今騒がしくなっていますね。戦争が始まりそうだとか。」
「イザーク様も行かれるのですか・・?」
初めて目に感情が揺れるのが見えた。
「心配しないでください、アリシア嬢。まだ起きると決まったわけではないのですから。」
長いまつ毛がそっと閉じられる。
その姿を純粋に可愛らしいと感じ、イザークは自分の手をアリシアの手に重ねた。
再び馬車の中は静まり返るが、先ほどよりも柔らかな空気だった。
「デビューは真っ白なドレスでしたね。こんなデザインはいかがですか?」
貴族は既製品をほとんど買わない。
すべて特注だ。
「はい、」
2人の質素な会話にデザイナーがヒヤヒヤする。
「ではリボンはこちらのシルクでいかがでしょうか?今はやりの南方のほうのシルクで、光の加減キラキラと輝いて見えるのが特徴です。」
「それにしましょう。」
「はい。」
作り笑いが引き攣りそうになる。
この美しい女性ははいしか言わないではないか。
「では、当日の朝、必ずお用いいたしますので、よろしくお願いいたします。」
だかこの美しい女性に身につけてもらえるなら、デザイナーとし手を抜くわけには行かない。
「では、請求は俺の家に、いきましょうか。」
2人が出ていくのを見届け、やっと店にいたスタッフがほっと息をついた。