❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第1章 武将と五百年後ノープランツアー 前
───────呉服店へ到着して約十分後。
着替えを終えて奥から最初に出てきたのは幸村であった。濃紅色の浴衣に黒鳶(くろとび)色の帯を締め、両袖を暑いからといって肩までまくり上げた姿は現代に馴染んだ和服男子である。腰に黒の羽織を巻きつけている姿も、何となく幸村っぽいな、と思ったのは凪だけではない筈だ。そのすぐ後、奥から兼続が姿を露わにした。鈍色の浴衣と薄葡萄色の帯に加え、袖を通さず肩へ羽織る形で本紫色の裾が長めの羽織をかけている。すらりとした長身がその立ち姿を惹き立て、結局のところ二人ともこれはこれで女性の目を惹くのでは、と一抹の不安を覚える凪を余所に、兼続が如何にも腑に落ちないと言わんばかりの面持ちで近付いて来た。
「凪」
「はい?」
「刀や武器の類は置いていけとお前の友人であるあの女に言われたが、他の者達もそうしているのか?」
兼続が怪訝にしていたのはその件であった。実はこのやり取り、ホテル内でも出発時に同じく行っている。やはり武将としては丸腰で出掛ける事は中々乱世においてはないらしく、帯刀していないと落ち着かないといった様子であった。だが、生憎と今彼等が居るのは乱世ではない。令和の現代である。
「そうですよ。五百年後の世では武器とかを持ってると捕まっちゃうんです。それに、そうそう刀が必要になる場面なんてないですから安心してください」
「刀を持たずともいい世か。些か信じ難い事だが、致し方ない。この世の慣わしには従うべきという事なんだろう」
「刀は彼方がお店の人に頼んでホテル…えーと宿へ届けてくれるらしいので」
安土の武将達を説得した時と同じ要領で告げれば、兼続は暫し思案した後、浅い吐息を零した。危険がないというのがどうにも乱世の人間には受け入れ難いらしい。だが、それでも現代に合わせたルールに従ってくれると告げた彼へ、安心させるよう凪が笑った。彼女の無防備な笑みを前に、兼続は静かに視線を注いだ。じっと逸らされる事のない藤の眸を不思議に思い、軽く首を傾げていると、背後からしっとりとした低音が彼女の名を呼ぶ。