❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第12章 仰せのままに
「それは出来ない相談だ。お前の可愛い足に傷でもついたら事だろう」
今はまだ道端だからそこまで二人を気にかける者もいないだろうが、ひとたび往来へ出れば話は別だ。先程町娘達の熱い眼差しを欲しいままにしていたこの男が、恋仲とはいえ女を甲斐甲斐しくも横抱きにしている光景など見ようものなら、凪の身は娘達の嫉妬の業火に一瞬で焼かれてしまうかもしれない。そんな彼女の懸念を知ってか知らずか、光秀は微塵も譲る気などない様子で至極当然とばかりに言い切り、颯爽と足を踏み出す。
(ただ普通に穏やかな逢瀬がしたいだけだったのに……ど、どうしてこんな事に……!?)
凪の心の声が表情にまで漏れ出てしまっている様を視界の端で認め、光秀がくすりと密やかな笑いを零す。そうして、話は冒頭へと繋がるのであった。
♢
「店主、邪魔するぞ」
光秀が一声かけて見世の敷居を跨ぐと、奥から顔を覗かせた老齢な店主は目尻に皺を幾つも刻んだそれを丸々と見開いた。しかし、すぐに微笑ましいものでも見るような、暖かな眼差しで見世へ迎え入れられる。
ここは光秀と凪が贔屓にしている馴染みの履物屋だ。何度も顔を合わせている店主に「いつもながら仲がよろしいですね」と笑顔を向けられ、何とも言えない恥ずかしさに眉尻を下げた凪は、見世奥にある小上がりへと下ろされ、ようやくひと心地ついた様子で深々した溜息を漏らす。
「どうした、何やら酷く疲れているようだが」
「どっちかっていうと肉体的じゃなくて、精神的な疲労ですけどね……」
凪の隣へ腰掛けた光秀が笑みを滲ませながら問えば、彼女ががっくりと肩を落とす。ここに至るまでに浴びた町人達からの数多の視線には、それこそ様々な感情が入り混じっていた。図らずしも注目を受ける事になり、羞恥が凪の中で振り切れそうになったのは言うまでもない。それに反して、光秀は何処までも涼しい顔だ。むしろ愉しそうにすら見受けられる男の端正な横顔を、凪がちら、と責めるように見る。