❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
「これはね、【龍の髭】っていう植物の種だよ。緑色の細い草を沢山伸ばすんだけど、それが龍の髭に見えるから、そういう名前がつけられたんだって」
「龍の髭……聞いた事のない植物の名です」
「ときも!」
「庭師が庭を作る際、基礎としてよく植えている草の事か」
「はい、夏になると小さな花を咲かせて、秋になると緑から青色になる種子が実みたいに成るんですよ。その青い種子の皮を剥くと、この白い種が出て来るんです」
尚、龍の髭の根はまさに髭状となっていて、その所々に塊根(かいこん)と呼ばれる小さな芋のような塊が出来る。その塊根を乾燥させれば麦門冬(ばくもんどう)という生薬になり、滋養強壮、咳止め、痰止め、解熱などに効果を発揮する優れた植物なのだ。
「これを豆に見立てて蒔けばいいんじゃないかな。植物の種なら、必ず芽が出て花も咲いてくれるよ」
「!」
凪の言葉に、光鴇が弾かれた様子で顔を上げた。その様を見て光秀が肩を微かに揺らし、幼子の顔を軽く覗き込む。
「支度は万全だな」
「鴇、掛け声は間違えないようにするんだぞ」
「種は御殿の中には蒔けないから、お庭に蒔こっか」
「うん……!!」
光秀、光臣、そして凪から声をかけられた光鴇は、枡を持つ小さな手に力を入れながら大きく頷いた。そして父の胡座の中から抜け出すと、我先にと縁側の方へ駆けて行く。その嬉しそうな後ろ姿を見て光秀ら三人もまた、子供が開け放った障子の向こうへ歩き出した。
「おにはーうち!ふくもーうち!ときもーうち!」
「何やら一匹紛れているようだが」
「あれから鴇くん、家族にべったりですもんね」
光臣と共に庭先へ立ち、今は何も咲いていない地面に向かって種を蒔く。子供の軽快な掛け声が響く中、縁側に並び立った光秀と凪が顔を見合わせて笑い合った。種は蒔いた後、風で飛ばされてしまわぬように土を軽くかけてやらなければならない。例年の豆まきとは少々変わった形となったが、息子達が楽しそうに笑っているのなら、それで良かった。