❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
幼子の突拍子もない発言を耳にして、八重が光秀らの前だという事も一瞬忘れ、頓狂な声を上げた。ただの罠師、それもまだまだ一人前とは呼べない子供を、あんな小さな子供が家臣にするとは一体何事だ。それともこれが武家の世では罷り通るのか。ぐるぐると疑問を脳内が駆け巡る中、光秀が傍へやって来た光鴇を見る。
「鴇、家臣を抱えるという事は、主君がその面倒を見る事と同義だ。お前にそれが出来るか?」
「とき、あさげもひるげもゆうげも、あとおやつもはんぶんこでいい!はんぶん、やえにあげる!」
「面倒ってそっちの意味の面倒なのか」
父の問いへ大真面目に答えた弟へ、思わず光臣が突っ込んだ。しかし、光鴇は至って真剣そのものだ。光鴇にとって衣食住の内、食がもっとも重要なものだという事がその発言から大いに窺える。父の傍らへ座り、袖をきゅっと握って大きな金色の眸で見つめた。八重へ三つ目の提案をしたところで、光鴇がそう言い出して来る事は光秀の中でも想定内だ。攫われた先で助けてくれた事への恩義なのか、あるいは純粋に八重という少年を気に入っているのか、どちらも当てはまりそうな純粋な子供を父が見据える。
「仔栗鼠のように小さなお前よりも八重は育ちの盛りだ。分けた飯程度では腹も十分に満たせないだろう」
「うっ……」
「何より、八重自身の意志を確認していない」
幼子へ言い聞かせた光秀が、ふと涼やかな眼差しを八重へ流した。はっとした様子で双眸を瞠った少年は、何かに迷うような素振りで視線を彷徨わせる。
「その……もし御殿勤めになったら、俺はどうすればいいんですか……?」
「そうだな……差し当たっては罠師としての腕を磨きつつ、家臣達へもそれを伝えてもらうとしよう」
「お、俺が教える……ですか!?」
「あとはお前の望む事をするといい。読み書きを覚える事も、剣術に興味があるなら御殿の者達へ師事する事も出来る」
生き方は何もひとつではない。多くを学び、多くを身につければその努力は決して無駄にはならないのだから。自身の今後について、狭い視野でしか見て来なかった少年にとって光秀の発言は目から鱗であった。