❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
少年の中に残っているだろう気掛かりは、光秀も勘付いていた。どの道、光秀自身も信長も、キリスト教を布教しにやって来た宣教師達の不審な動きには目を光らせているところがあったのだ。むしろ此度の件で叩けば幾らでも埃が出て来ると明確になった以上、光秀としてもかなりの収穫であったといえる。
山賊達へ尋問をした兵達からの報告によれば、賊が子供達を隠し始めたのはここひと月程度だという。日ノ本から南蛮へ買収した子供達を連れ帰ろうにも、航海にはそれなりの入念な支度が必要となる。主要な港の出入港記録を確認しなければ明確な事は言えないが、まだ買われた子供達は日ノ本へとどまっている可能性が高いと光秀自身は踏んでいた。八重の榛(はしばみ)色の眸が静かに涙を零し始める。何度も礼を紡ぐ少年の姿を見て、光鴇が心配そうに自身の手拭いを差し出した。
「やえ、おめめこすっちゃめっ、だよ」
「っ……ああ、助かる……」
水色桔梗の刺繍が施された真っ白な手拭いを受け取り、少年がそれで溢れる涙を押さえる。その姿を目にするだけで、次々売られて行く子供達をただ見送る事しか出来なかった八重が、どれ程心を痛め、遣る瀬無い思いを抱いて来たかが痛切に感じ取れた。凪や光臣が八重を慮(おもんぱか)るように見つめている中、一度唇を閉ざした光秀が今一度言葉を重ねる。
「さて、ここまでが前置きだ。聞いての通り、他の童(わっぱ)達は親元へ返す事が決まっているが、お前に関する処遇は未定となっている」
「!」
帰るべき場所がある他の子供達とは異なり、八重は親や養父の庇護を失くした所謂孤児だ。乱世において戦災孤児など然程珍しくはなく、彼らが行き着く先もある程度決まっている。光秀らは光鴇から予め、拙い説明ながらも八重に親がいない事を聞いていた。光秀がこうして話を切り出した理由をある程度知っている凪も、彼が八重をどうするつもりであるのかは知らされていない。光臣や光鴇もまた少年を案じるような眼差しを向けており、光秀を除く面々が固唾を呑んで話へ耳を傾ける。