❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
「八重とやら、まずは鴇を助けてくれた事、礼を言う」
「!?い、いえ……!俺の方こそその、助けて頂いたので……ありがとうございます……」
不意に光秀から名を呼ばれた八重は、驚いた風に眸を瞠ってすぐに頭(かぶり)を振った。元々出自が庶民故、あまり敬語を使い慣れていないながらも礼を言うと、光秀が口元へ薄く笑みを乗せる。
「そう硬くなる必要もない。無為に気ばかり張っていては、治るものも治らなくなるぞ」
「はい……」
光鴇には割りと肩の力を抜いて接する事が出来ているようだが、やはりそれ以外の面々はそうもいかないという事か。強張りの見られる、まだ少年と呼べる年頃の八重へ光秀が軽くおどけてみせた。正直なところ、この日ノ本で今や天下人の左腕、明智光秀の名を知らない者はそうそういない。子供でも一度くらいは名を耳にした事のある武将に対して、気を楽にしろと言ったところで簡単に頷けないのも分かる。
「共に閉じ込められていた童(わっぱ)達は、早ければ明日にでも家族の元へ帰せる事になっている」
「そう、ですか……よかった………」
八重や光鴇と共に隠されていた子供達は皆、この集落の近隣にある村々から攫われて来たらしい。然程距離も離れていない事が幸いしてか、存外家族との再会は早くに訪れそうだ。それを耳にした少年は、そっと肩を脱力させるようにして安堵の表情を浮かべる。八重は子供達の中でも一番長くあの倉庫へ捕らわれていた身だ。他の子供達が攫われ、そして次々売られて行くのを何度も見ている事しか出来なかった無力感は、相当のものである。だからこそ、数人でも無事家族と再会出来る事実を自分の事のように喜んでいるようであった。
「ついでに山賊の根城を漁ったところ、買い手の目録が出て来てな。領主の元へそれを持ち帰り、南蛮人による人買いの取り締まりを強めるよう申し添えておいた。此度の件は時を置かず、信長様の御耳にも入るだろう」
「信長……様にも、ですか?」
「ああ、既に売買された童(わっぱ)達を何処まで取り戻せるかは状況次第だが、善処はしよう」
「あ……ありがとう、ございます……!ありがとうございます……!!」