❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
この集落がある国の領主は、同盟国である織田家の家臣二大筆頭とも言える光秀と、そして元織田家所縁の姫である凪との間に生まれた若君が山賊に攫われたという話を聞いて、たいそう顔面蒼白になったらしい。それもそうだ、自身の管轄でそのような悪事が横行していた事に気付けなかった上、有力な武家の若君がその被害に遭ったのだから。
この事が大阪城へ移った信長に知れたら困る────そう考えたらしい領主は、派遣した一団に直筆である長文の謝罪の文と大量の食糧の差し入れを運ばせていたのである。無論、食糧は必要な分だけを貰って後は親元へ送り返す子供達に土産として持たせたり、冬場は何かと貧困しているであろう集落や近隣の村々に分けたのだが。
「わーい!とき、はくさいのしろいとこ、たべる!」
「何故茎部分だけなんだ?」
「たべるとぱりぱりっておと、するから」
「仔栗鼠は硬いものを好むと言うからな。よく伸びる前歯が痒いんだろう」
「むっ……とき、まえばのびない」
すっかりいつもの調子を取り戻した光鴇へ光臣が疑問を投げれば、光秀がくすりと少々意地の悪い表情で笑いを零した。前歯が痒い、という乳歯が生えたての赤子のような事を言われてからかわれると、幼子が不服げにむっすりとした顔をする。夕餉の献立を話し合ったり、かと思えば前歯の話をしたり、八重は目の前で繰り広げられている光景を、何処か呆気に取られた様子で眺めていた。なんというか、有り体に言うと、思っていたのと大分違う。
(何か……殿様とか偉い人達の一族っぽくないな……)
八重が想像している身分の高い方々、というのはもっと違う印象であった。具体的にと言われると困るが、もっと気位が高かったり偉そうだったり、下々の世話は下々に任せたり……とにかくそんな感じだ。しかし昨日はほとんど動けなかった八重の身体を、凪は暖かな湯と手拭いで綺麗に拭いてくれたし、食事は光鴇が介助してくれた(結局出来なくて光臣がやってくれたが)。そんな至れり尽くせりな環境に置かれた事も手伝い、変な殿様一家だな、というのが八重の正直な感想である。