❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
声を上げて泣く光鴇の頭を、光秀が優しい手付きで何度も撫でてやった。拭っても拭っても溢れて来る涙は、これまで幼子が必死に堪えていたものだ。ようやく弟が素直な感情を吐露出来た事に安堵した光臣が、胸を撫で下ろしながら微笑む。そうして少年が倒れている八重の身体を刺激しないように背負ってやると、光秀が泣きべそをかき続けている光鴇をあやしながら近付いて来た。片腕で光鴇を抱えている男が、八重の様子を軽く確認する。
「この顔色だ。童(わっぱ)は薬師に診せた方がいい」
「っ……ううっ……やえ、いたいいたい?おくすりで、なおる?」
「怪我の状態にもよるだろうが、心配は要らない。母に薬を作ってもらうとしよう」
「うん……」
八重の顔色はあまり芳(かんば)しくない。元々栄養状態が極端に悪い上、大の大人から思い切り蹴られたのだから。身を挺(てい)して光鴇を庇った八重の行動を目にしていた光臣も、心配そうにやや軽い少年を振り返りながら見る。ぐずぐずと泣いていた光鴇が八重を見て、その頭をよしよしと撫でてやった。まずは薬師に診せる事が先決と光秀が幼子を安心させると、光臣があまり背にいる少年へ刺激を与えぬよう、そっと立ち上がる。
「ではこの少年は俺がこのまま運びます。父上は鴇を抱っこしてあげていてください」
「……とき、だっこ」
「ああ、分かった。臣、お前もよくやったな」
「家族の為ですから」
父へ甘えるようにぎゅっと白い羽織りを両手で握った光鴇へ笑い、光秀が光臣の頭へも片手を伸ばした。今は解かれたままである銀糸をくしゃりと乱すように撫でてやれば、少年もまた気恥ずかしそうに笑う。
「さて、戻るとしよう。母が待っている」
「うん……っ」
母、と耳にした瞬間、またしても光鴇の大きな眸から涙が溢れ始めた。何度も頷いて鼻をずずっとすする幼子の姿を見て、光秀と光臣はどちらからともなく、穏やかな微笑を浮かべたのだった。