❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
光秀の問いを耳にして、光鴇はやはり怖怖とした眼差しで倒れている山賊達をぐるりと見回し、そして傍にいる幼子自身を攫った偽行商人を映した。次いで光鴇の丹前を羽織っている八重を見ると、最後に父と視線を合わせる。
「わるいやつ、きらい。……でも、わるいやつも、みんなもいたいいたいは、いっしょ」
大切なものが増える度、失う恐怖が増していった。光秀が胸の内に抱く家族への深い愛は、容易く倫理を飛び越える。しかし、傍に立つまだほんの五つである小さな子供は、【赦す】という感情を誰よりも知っていた。時にその優しさは諸刃の剣となるのかもしれない。だが、二人の子の親となった光秀が、幼いながらに訴えて来た優しさをどうして否定出来よう。
「元より命まで取る気はない。お前が望むならば、最低限の処置はさせるとしよう」
「おくすり、つける?」
「ああ」
光秀が光鴇の問いへ頷けば、幼子は安堵した様子で笑った。ほっと短く息を漏らす光鴇の様を、まるで憑き物が取れたような顔で見ていた偽行商人の男へ光秀が視線を流す。
「お前達の身柄はこの地の領主へ委ねる。傷の手当てに関する口利きはしてやろう。……この仔栗鼠に免じてな」
男は動かなかった。正確には動けなかった。他の子供達を外で待機していた凪の元へすべて退避させた光臣が戻って来て、室内の異様な光景を前に息を呑む。
「おいで、鴇」
銃を腰帯にある革製のホルダーへ収めた後、光秀が光鴇を抱き上げた。母に似てよく利く小さな低い鼻が、父の薫物の香りを嗅ぎつける。自らを片腕で抱く、その力強い光秀のそれにぷつりと緊張の糸が切れたのか、光鴇はまたぼろぼろと涙を零し始めた。最初は静かに頬を伝うだけであったそれが、少しずつ広がる安堵と共に感情が剥き出しになる。
「う……っ、ううっ………うわあああああん!!ちちうえー!!とき、こわかった!!!」
「よしよし、よく頑張った。強い子だ」