❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第9章 龍は一寸にして昇天の気あり
湧き上がる恐怖をやり過ごすには、強気な態度を見せるしかなかった。それが分かっているからか、光秀は敢えてゆったりとした口調でまるで場違いであるかの如く、優雅に首を傾げてみせる。口元には笑みが確かに浮かんでいる筈であるのに、男を見下ろす金色の眸は研ぎ澄まされた刃の切っ先のようだった。
そうして、ようやく山賊の男は悟る。自分達は、決して手出ししてはならないものに手を出してしまった。私欲を満たす事だけに目が眩(くら)み、本当に恐ろしいものが何であるのか、愚かにも気付かなかったのだ。銃口を突き立てられた掌の感覚が失われつつある中で悟った男に対し、光秀が低めた声に冷たい感情を乗せる。
「───煎り豆に花が咲くまで、岩戸(牢)から出れるとは思わない事だ」
罪は巡る───いつか利己的なその行いは大きなつけとなって己の身へ返って来るものだ。二の句を紡ぐ気力もなく男が呆然としていると、それまで八重の傍にいた光鴇がおずおずと父の傍までやって来た。そうして銃口を突き立てられた男の掌が赤黒くなっているのを見やり、白い羽織りをきゅっと握る。
「ちちうえ……」
「ん?」
か細い声で光秀を呼ぶそれへ、父が幾分穏やかな声で短く相槌を打った。それにほっとした表情を浮かべた幼子が、眉尻を下げながらちらりと偽行商人や倒れている山賊達を見ると、心配そうに告げる。
「……みんないたいいたい、おくすり、つけてあげてね」
光鴇の言う【みんな】が、傍で倒れている少年の事だけでないのは明白だ。光秀も、そして傍で動く気力すら失っている偽行商人の男も、光鴇の言葉へ驚いたように眸を瞠っている。
「……お前や他の子らを攫い、そこの童(わっぱ)を傷つけた者達だ。それでもか?」
幼子を攫われ、愛する妻と子らを悲しませた時点で、この山賊達に対する光秀の中にある善悪の境は失われてしまっている。さすがに命までは取らないが、それはこうして光臣や光鴇が見る限り怪我もなく無事でいたが故だ。これがもし、そうでなかったとしたら────光秀はおそらく、賊達を本当の意味で赦せなかっただろう。